次なる布石

■フェンデリオル側、中翼本隊・指揮官エルスト・ターナー――



 私の頭上を越えていった矢の群れは、アーチを描きながら敵であるトルネデアス軍へと吸い込まれていく。

 私は通信師を介してさらに命じた。


「第2射、撃てぇ!!」


 弓部隊が第2射を放つ。

 1射目で敵の進撃を止め、第2射で実質的なダメージを与える。

 私は望遠鏡で敵軍の状況を目視する。


「やはり来るか――」


 こちらが弓を使えば、それに対抗するものを敵も繰り出すだろう。私はトルネデアスの第1陣が完全に足止め状態となっており、混乱をきたしていることを確認した上で対抗策を講じた。


「左翼後衛部隊へ打伝! 一時撤退!」

「了解! 打伝します」


 弓兵は市民兵が多数だ、全面に押し立てて敵の攻撃に晒すのは向いてない。そして間髪容れずに告げる。


「右左翼前衛に敵陣を包囲するように全速前進を指示!」

「了解!」


 私はこのために左右に前衛部隊を展開しておいたのだ。敵が混乱し移動できなくなっている今だからこそ、足の早い機動部隊で包囲制圧を進める必要がある。さらに――


「精術武具保持者は敵・砲火兵の抑止!」

「了解、打伝します」


――砲火兵――


 火薬を用いた手持ち武器を保有し、我がフェンデリオルの精術武具や弓攻撃に対して対抗することを旨とした武装部隊だ。弓兵は配備していなくても、こちらは少数で大打撃を与えることができるため、必ずと言っていいほど配備されている。


「さらに中翼部隊に前進指示! 武装使用制限も解除! 混乱状態の敵第1陣を一気に潰走せしめよ!」

「了解! 打伝します!」


 私の背後で通信師役をこなしている少女は私の想像を超えて非常に優秀だった。煩雑かつ、困難を極める複数同時の攻撃命令をそつなくこなし、完璧に伝達してみせた。私の口からねぎらいの言葉が漏れた。


「全命令、打伝完了です」

「ご苦労様、見事よ!」


 その言葉を耳にして通信師の少女の顔に笑みが漏れる。


「ありがとうございます!」

「あなたお名前は?」


 私は通信師の少女たちの名前や素性はあらかたは把握していたが、ここはあえて彼女を評価する意思を見せる意味でその名前を尋ねた。すると彼女もそれが嬉しかったのだろう。控えめに名乗ってくる。


「フェアウェル・シナンジェと言います。よろしくお願いいたします」


 はっきり言ってこの子には才能があると思った。適正な訓練を受けさせてやればもっと伸びるだろう。一級通信師を取得させることも可能だ。私は告げる。


「よろしくね。フェアウェル。でも、まだまだこれからよ。あと2箇所に指示を打電して!」

「はい!」


 彼女の声が弾んでいるのが判る。やる気に満ちている。


「まずは物見台に第2陣の動きを報告させて! 次にその報告を前提に右翼後衛の高機動部隊へ『敵第2陣の第1陣への合流』の妨害を指示して」

「了解! 打伝します!」


 彼女は残る2つの打電をまたたく間に済ませてしまう。まずは物見台だ。物見台の通信師の識別番号を素早く指定する。


「物見台へ伝達、敵第2陣の動きを知らせられたし」


 そして向こう側からの返答を確認すると。

 

「報告了解。変化あれば逐次伝達お願いします」

 

 彼女は私へと視線を向けて告げる。

 

「物見台より報告、敵第2陣はるか後方なれど接近速度を上げつつあるということです」


 そう報告をしつつ、彼女の手は右翼後衛の高機動部隊の通信師番号を指定する。

 

「右翼後衛に伝達、敵第2陣接近速度を加速させつつあります。敵第1陣への合流を阻止してください」


 右翼後衛――ドルス率いる高機動部隊の通信師からの報告を受けとると通信完了の打伝をする。

 

「報告了解! 指揮官に伝えます! ご武運を!」


 彼女から漏れた〝ご武運〟と言う言葉が私は気になった。

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