正規軍人の正当なる責務

 エルセイ少佐とワイゼム大佐は意を決して歩き出すと、制圧部隊を率いていたガロウズ少佐へと告げる。


「ガロウズ殿、統治信託委任執行への同道、これまでとさせていただきます」

「な? 職業傭兵たちばかりでなくお主たちまで? なぜだ?」


 驚き狼狽うろたえるガロウズ、もはや起こるべくして起こった現実にも、ガロウズの頭では理解がついていかない。慌てふためきながら問い返した。

 

「こ、こちらには作戦執行の承認証もある! こちらの行動が――」

「そんな物はもはや意味をなさない!」


 ガロウズの言葉を遮りエルセイが叫んだ。

 

「あそこには正規軍の総司令部から発行された指揮官徽章の存在が確認されました。さらにはフェンデリオル国旗と正規軍旗印も確認されている。これはフェンデリオル正規軍総司令部の幕僚本部が彼らの行動を承認している事の証拠に他ならない!」


 さらにワイゼムが追い打ちをかけるように言う。

 

「それにそもそも、統治信託委任の前提条件となるワルアイユ領が信頼に足る領主が不在であると言う事実が確認できていない。現領主バルワラ候が行方不明なれど、その息女であるアルセラ嬢が領主の役目を堅実に代行している。これはどういう事だ?」


 そしてエルセイがとどめを刺した。


「ガロウズ殿、あなたが作戦遂行の際に明かされた情報とはことごとく食い違いがある。様々な矛盾点を解決しない事には、あなたがたの行動には賛同できない!」


 今彼らの目の前に当然のように突きつけられている事実がある。パックの勝利、戦象部隊の壊滅――、それは紛れもない事実だ。

 この現実にガロウズは反論すらできない。

 さらにはエルセイとワイゼムの言葉に同調するかのように、正規軍人たちまでもが行動の準備を始めていた。

 彼らを確認しつつワイゼムが告げる。

 

「反応が無いので、我々の判断に同意したとみなす。現時刻をもって我々は正規軍人本来の役目へと戻らせてもらう! エルセイ少佐、号令だ!」

「はっ!」


 時は来た。彼らもまた理不尽という名の悪しき力を自らの意思で振り払った。

 エルセイが正規兵たちに向けて高らかに告げる。

 

傾注けいちゅう!!」


 その声に副官たちが連呼する

 

「傾注!」

「全軍傾注!」


 その言葉に正規軍人たちの視線が一点に集まれば、それに応えるようにエルセイが叫んだ。


「我々は現時点をもって信託統治委任の執行部隊としての行動を取りやめ現部隊から離脱する! 同時にワルアイユ領の市民義勇兵部隊に、フェンデリオル正規軍中央本部から預託された指揮官徽章の存在を確認した! よって我々には国土防衛の任務のために、彼らの指揮権に服する責任が生じる!」


 その言葉にワイゼム大佐は力強く告げた。


「正規軍人としての本来の役目に立ち戻り市民義勇兵部隊に合流! 国土防衛の任務に就く!」


 否定する理由も、逃走する理由も、彼らにはなかった。ある一つの目的をもってワイゼム大佐は全部隊へと宣言したのだ。


「全軍行動開始!」

「行動開始!」

「行動開始!」

「応!!」


 全部隊を率いる指揮官から副官へ、副官から各隊長へ、指令は効率的な上意下達の流れにより伝達されていく。

 今や彼らは解き放たんとされている戦場の弓矢だ。その引き絞られた弦は解放された。


「進軍!!」


 ワイゼムの宣言と同時にエルセイも叫んだ。

 

「職業傭兵たちに遅れをとるな!」


 理不尽な命令にひたすら耐え、じっと応じてきたのだ。むしろ、今この場でルストたち市民義勇兵のもとへ向かおうとする思いこそが純粋にして正当なる意志だ。

 ワイゼムの声に正規軍人たちが追従する。

 今まさに正規軍人たちはルストたちのもとと歩き出した。

 もはや誰にも止められない。

 エルセイが傍らの副官に耳打ちする。

 

「もしかすると彼らの方にも通信師が同行しているかもしれん。無指定で打伝しろ。これから合流すると!」

「はっ!」


 ワイゼムとエルセイ、そして彼らの副官たちは、馬へと跨り先陣を切って歩み出す。

 職業傭兵と正規軍人たち数百人が一斉にルストたちのもとへと向かい始めたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る