黒幕の居城

―精霊邂逅歴3260年8月5日夜更け―

―フェンデリオル国、西方領域某所―


 そこは西方領域、ワルアイユに隣接するアルガルド領の一角だった。

 山林に隠された極秘の場所。アルガルド領領主の別宅だ。

 それは人目を避けて建てられていた。とある山の麓にそびえた砦のような邸宅だった。入念な門構えと石造りの城郭からは領主である人物の異常なまでの警戒心がにじみ出ていた。

 すでに日も沈んだ夜だと言うのに、邸宅の内外には数十人を超える兵の姿がある。職業傭兵とも正規軍人とも違う風体からは野盗か愚連隊崩れのような凶暴さがにじみ出ていた。そしてそれは法で禁じられた私兵だった。

 その館の主人の本性を投影しているかのようだ。

 

――デルカッツ・カフ・アルガルド――


 それがその邸宅の主人の名だった。デルカッツは私室にて控えていた。安楽椅子に腰掛けながら物憂げにしていた。服装はシャツ姿にズボン姿――ダブルボタンスーツもルタンゴートスーツもつけずにくつろいでいた。部屋の明かりは落としてあり、暖炉の中の石炭の火だけが薄明かりとなっていた。

 そんな部屋のドアがノックされる。

 

「入れ」


 館の主であるデルカッツの重い声が響く。


「失礼いたします」


 落ち着いた声とともに入ってきた男は痩せの長身で神経質そうな風貌をしている。そんな彼にデルカッツは問いかける。

 

「どうした? ラルド。なにがあった?」


 入ってきた男の名はハイラルド・ゲルセン――ワルアイユのバルセラ候の下で代官だった男だ。

 

「はっ、〝黒猫〟からの打伝です」

「話せ」

「はっ、計画の第2段階を実行せよとの事です」

「なに?」


 声は落ち着いて履いたが、口調の端に苛立ちがにじみ出ている。ラルドは告げる。


「前領主排除と新領主擁立を妨害する第1計画は失敗したとの事です」

「何があった? アルセラのガキが領主としての采配をふるったというのか?」

「いえ、詳細は伝えられておりません。ですが、アルセラでは実力的に無理なので補佐をしている人間があらわれたものかと」

「例の得体の知れん小娘か?」

「エルスト・ターナー――でございますね?」

「そうだ」

「おそらくそうかと」

「ふむ」


 ラルドからもたらされた情報をデルカッツは思案していた。だが新たな指示はすぐに出てきた。

 

「ガロウズに信託委任執行軍の進軍を急がせろ」

「すでにワルアイユ領から東方の10シルド〔40キロメートル〕ほどのところで待機させております」


 デルカッツからの指示をラルドはそつなくこなしていた。


「それは重畳だ。そのうえで手勢の者たちでワルアイユのゴミどもをワルアイユ領西方の平原地帯へ追いやれ。頃合い的に砂モグラどもの侵略部隊が戦象をおしたててやってくるはずだ。市民義勇兵の寄せ集めでは逃げ回るのが精一杯のはず。じきに混乱して退路を求めて散開するだろう。命がおしいだろうからな。そこを強制執行させる」

「領地の不当放棄と、トルネデアスとの内通、そしてその手引を行う異国人の職業傭兵と言う筋書きですね?」

「そうだ。まぁおそらくは傭兵や正規軍の一部が疑問を抱くだろうが黙殺しろ。俸禄の支払いと命令書の正当性で押し切れ」


 デルカッツはそう告げながら、懐から一枚の書状を取り出した。

 

「あのお方から託された〝信託統治委任執行書〟はすでにここにある」


 その言葉とともにデルカッツが不敵な笑みを浮かべていた。

 

「あとは実行するのみだ。まぁ、トルネデアスには若干の国境線を譲ることになるがそれくらい造作もない」

「御意」


 簡素に答えるとラルドは静かに立ち去っていく。

 あとに残されたのはデルカッツ一人だ。

 

「愚か者が。素直に婿取りを受け入れておれば良いものを」


 そうつぶやきながらデルカッツは立ち上がった。そして壁に飾っていた一本の刀剣を手にする。

 暖炉の火が灯す夜のとばりの中で、彼はその刀剣を満足気に掲げていた。

 

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