ご令嬢語る、侯族と貴族について

 アルトム・ハリアーの執務室は日当たりの良い南側に位置していた。隣接する庭へと張り出したバルコニーがあり、そこに応接セットが据えられている。

 そもそも各教授職の執務室はその教授個人への評価や待遇が露骨に表れる。アルトムの執務室は最も好条件な物が与えられている。それは彼が次期総長として期待されているという事からもわかる。

 

 アルトムが応接セットの椅子に5人の女性たちを案内する。するとノツカサが自ら茶器を用意し始めた。

 

「お茶をお入れいたします」

「頼む」


 ノツカサの従者としての利発さはアルトムも十分知っている。断る理由はなかった。

 それを待ちながら皆の会話は始まっていた。


「クドウさんは専攻は何を?」


 問いかけたのはコトリエだ。クドウが答える。

 

「専攻は考古学です。古代文明文字の解読と翻訳技術の確立が研究対象なんです」


 その言葉にレミチカが言う。

 

「彼女は、今では失われた先史フェンデリオル王国時代の古代文字や原初の精術技術の発掘と復興を目指しているんです」

「えぇ、そのためどうしてもヘルンハイトから出てフェンデリオル各地で現地調査や発掘を行わないと研究が進まないものですから」


 そこにチヲが問いかける。

 

「それでレミチカさんが支援を?」

「えぇ、私の実家のミルゼルド家は商業振興と投資が得意ですから、学術研究に理解のある親族にはたらきかけて研究資金支援を行っているんです」

「そうだったんですか」

 

〝レミチカ・ワン・ミルゼルド〟


 フェンデリオルにおける上流階級である〝侯族〟――レミチカはその中でも高家であるミルゼルド家の人間だった。宗主である父の元、ドーンフラウにて学んでいたのだ。

 そのとき、チヲが訊ねた。

 

「あの失礼ですが――レミチカさんもコトリエさんのようにその――侯族でらっしゃるのですか?」

「ええそうよ? それが?」


 レミチカの返答にチヲは留学生らしい問いかけをしてきた。

 

「ずっと疑問だったのですが、私の母国パルフィアにも貴族階級があります。ですが――侯族と貴族とではどう違うのですか?」

「なるほど、それはもっともな質問ね」


 ちょうど、5人の所にノツカサが入れてくれた茶が運ばれてきた。〝黒茶〟と呼ばれるフェンデリオル固有の発酵茶葉で程よい酸味と濃い香りが特徴だ。その薫りに気づいてコトリエがいう。

 

「ありがとう」


 運ばれてきた茶器を受け取りながらいう。

 

「ご苦労、あなたも召し上がりなさい」

「はい、お嬢様」


 ノツカサも末席に腰を下ろす。教育の確かさが所作に表れている。それを尻目にレミチカは話し始めた。


「我がフェンデリオルには平民と侯族と言う2つの階級があります。それは他国の貴族と平民の関係に似ています。ですが一般的な貴族と異なるのは、ある一定の条件を満たせば誰でも侯族として認められるということなんです。国家への多大な貢献、軍務による武功、あるいは商業的に成功して多大な額を納税する――方法は色々ありますが――」


 レミチカの言葉にクドウも興味深げに聞き入っている。

 

「そもそも侯族とは〝政治的役割を専門的に担う〟のが本来の役目なんです。議員になる――国の重責者になる――それらには侯族であることが必須となります。つまりつきつめれば侯族と平民の違いとは〝国家的重責〟を担えるか否か? と言う点にあるんです」


 そしてコトリエも続ける。

 

「それら侯族にもその家名にたいして実績と貢献度による評価があります。下級中級上級とあり、上級侯族ともなれば多大な影響力を持ちます。国家級の重職に就くことも可能です。そしてその侯族の中でも特に歴史のある13の家名を総称して十三上級侯族、または上級侯族十三家と呼ぶんです」


 そこにクドウが言う。

 

「たしか新生フェンデリオル国の建国に対して多大な功績のあった13人の人物を祖として始まった高家――ですよね」

「えぇ、そうよ。そして私のクライスクルト家と、レミチカさんのミルゼルド家も、その十三家の一つなの」


 そこにチヲが納得のいった顔で言う。

 

「なるほどよくわかりました。その――侯族の方たちって私の母国の貴族階級の方たちと違って、偉ぶってないと言うか気さくな方が多いのでどうしてこんなに違うのかと思っていたんです」

「なるほど――そうだったの」


 チヲの言葉に納得したレミチカだった。だがそこにクドウがある問題を持ち出したのだ。

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