いざとなれば

『……僕はティコナとファミューレさんに危ないことをさせるしかできないのか……!』


リセイはそう自分を責めたが、しかし、魔獣や魔王といったものが実在し、まるで自然災害のように当たり前のものとして認識されているこの世界に生きる人間にとっては、実は彼が考えるよりはずっと当たり前の対応だっただろう。


<人間の理の外にある存在への対処>


としては。


だからティコナも自分から足を進めることができる。


ファミューレも市民を守る立場としてティコナを庇いつつゆっくりと前に出た。


すると<魔人の少女>は、二人が自分に従い出てこようとしていることに納得したかのように改めてリセイの方を見た。


それを受け、


「馬車を用意してくれ。私達でこいつを街の外まで連れ出す」


ライラが、第七隊を率いて警戒しているドルフットに告げる。


すると、彼の方も心得たもので、


「ああ、もしかしたら必要になるかもしれないとすでに用意してある。あれだ」


と顎で指し示した。


そこには非常召集された他の部隊が乗ってきた馬車があった。


「助かる…!」


静かに応えつつ、


「リセイ、こいつを馬車まで誘導する。いいな?」


『いいな?』と断りを入れつつも他に選択肢のない指示ではあったものの、リセイも、


「分かりました」


素直にそう応えた。


そうしてやはり慎重に馬車まで近付いてそれに乗り、


「私が代わろう」


ライラは御者として乗っていた兵士にそう声を掛けた。


「はい。お気を付けて」


兵士はそう声を掛けて手綱を渡し、そろりと馬車を降り、自身の部隊へと戻っていく。


一方、リセイは、


「おいで。大丈夫だよ」


<魔人の少女>に手を差し伸べながら笑顔も向ける。警戒させないようにという意図を持って。


一見すると、よくある、


『思いやりや優しさで接すればどんな相手とも分かり合える』


的なやり方にも見えるだろうが、実際には、誰にも対処法が分からない中で、手探りで対応しているだけである。事実、魔人の脅威について報告を受けたルブセンから話を聞かされていた各部隊の隊長・副隊長らは、


「正直、何の準備もできていない状態で途轍もない相手と戦うことになるだろう。だからいざとなればお前達には死んでもらう。その覚悟がある者だけついてこい」


と告げて、志願した者だけをつれて駆けつけていた。


だからリセイも、真剣だ。『仲良しこよし』をするために笑顔を向けているのではない。


武力は用いていないが、これもれっきとした<戦い>だった。


生きるための。


生かすための。


だから、途轍もない緊張感の中で、自らを律するために途方もない精神力を駆使していたのだった。


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