A02-06

ブゥォー。ブゥォー。


 ふいごの動きに合わせて火床から炎がまるで生き物のように飛び出してくる。炎の明かりが神崎彩菜(かんざきあやな)の顔を照らしだす。ゆらめく炎が瞳に映り込んで彼女の美しさを引き立てていた。


 赤く焼かれた2メートルを超える巨大な日本刀を刀鍛冶が三人ががりで持ち上げた。金床に置いて鎚(つち)を交互に打ち込む。


カン、カカン、カン。カン、カカン、カン。


 窓のない木造の粗末な室内は熱気がこもっている。神崎彩菜は黙ったままその作業を見つめていた。背後に人の気配を感じて振り向いた。


「いったい、何を切ったらあんなことになるんだ」


BMD-A01の日本刀をつくった黒田生真(くろだいくま)が笑顔で立っていた。


「親方。ごめんなさい」


黒田生真を見て神崎彩菜は頭を大きく下げてあやまった。


「まあいい。刀はこうやって打ち直して鍛えてあげればすむ。道具と言うものは使ってこそ成長する。無事でなによりだ」


黒田生真は神崎彩菜の頭をなでた。神崎彩菜は顔をあげる。


「はい。軍の開発したロボットと戦いました。ロボットの腕を切り落としました」


「勇ましいことだな」


「親方。私、ここ好きです。なにか、とても落ち着くんです」


「こんなところがか」


「はい。『カイラギ』との戦いが終わったら私を弟子にしてくれませんか」


黒田生真は驚いて彼女の姿をながめた。細くきゃしゃな体つきはとても刀鍛冶にむいているとは思えなかった。長く艶やかな黒髪。大きな瞳。均整の取れた顔立ち。もっと別の華やかな職業があるだろうに。


 彼女が『バイオメタルドール』のパイロットだと陣野真由(じんのまゆ)から紹介された時は、子供のおもちゃにする刀は作れないと一度はことわった。平和な時代に生まれた黒田生真は戦闘のための道具をつくったことがなかった。彼は自分の生み出したものに人の命が託されることから逃げたのだ。


 日本の社会において武器や軍隊は存在したが、誰一人として命のやり取りをする時代がくるとは思っていなかった。武術はスポーツであり、刀剣は芸術品だった。軍のロボット開発だってある意味、技術者たちの自己満足だったのだろう。しかし『カイラギ』が現れて状況は一変した。美しさや伝統だけでは『カイラギ』を倒すことはできない。ロボットの腕を切り落としただけで、刃こぼれするような刀であってはいけないのだ。新しい技術やアイデアを積極的に取り込んでいかなければ。黒田生真は「切る」と言う行為を一から見直しす必要があると感じた。


「親方。私じゃダメですか」


神崎彩菜の言葉で黒田生真はわれにかえった。


「いや。だいじょうぶ。きっと立派な刀鍛冶になると思うよ。これからはそういう時代だ」


三人の刀鍛冶が焼き入れ作業に入った。赤く焼けた日本刀が冷水に放り込まれる。


ブシュー。


湧きたつ蒸気が部屋を満たした。急冷された日本刀の表面に黒いまくがはる。そのまくがひび割れて剥がれ落ちる。中から銀色に輝く生まれ変わった刃があらわれた。

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