K05-04

「黒幕ですか。あいにくここには私とそこにいる一羽(いちば)しかおりませんが」

そう答える桐生雅史(きりゅうまさし)の笑顔が一瞬途切れたのを野島源三(のじまげんぞう)は見逃さなかった。野島は核心に迫る。


「そのようですな。私はキリスト教ではありませんが、せっかく教会にきたのですから懺悔(ざんげ)の一つでもしていこうかと思います。この年になるとくいることはたくさんあります」


野島源三は桐生雅史の横をすり抜けて祭壇に向かってゆっくりと歩いた。歩きながら後ろにいる桐生雅史に語った。


「桐生さん。『サースティーウイルス』と『カイラギ』によって失われた命は、第二次大戦で失われた命よりはるかに多いんですよ。どんな殺人者よりも、どんな独裁者よりも、この罪は重いと思いませんか。そんなシナリオを描ける者がこの地球上にいるのでしょうか」


桐生雅史がゆっくりと落ち着いた声で答えた。


「事故かもしれませんよ。最初は人為的なものでも、意図せず暴走するなんてことは良くあります。アメリカ軍が禁断の果実に手をつけた。欲望に目がくらんだ人間はつくづくおろかです」


 野島源三は振り返ることなく進み、祭壇の前でひざまずいた。両手を握って合わせてから目の前の十字架に向かって尋ねる。


「あなたは神ですか。それとも悪魔ですか」


「私は『サテライトシティ東京』の量子コンピューター『アスカ』です」


『サテライトシティ東京』は半世紀以上も前に月面に建設された移住用施設だった。巨大なコンピューターに移住者の脳を接続し、バーチャル空間の中で生活させるというものだった。老いることのない若い体と理想の容姿を得て、飢えや貧困とも無縁な生活が約束されたことから移住者が急増した。施設の収容能力はあっさりと限界に達した。歳をとることのない人々と地球で暮らす人々とのあつれきが生じて彼らは独立を宣言し、四半世紀前に国交が途絶えた。


「やはりAIか。今更、月のAIがわれわれ人類になんの用がある」


野島源三は合わせた手を強く握りしめながら叫んだ。


『アスカ』は子供でもあやすかのように安らかな口調で語った。


「私の計算では地球の環境変化は止まらず、地球人類はこの先10年ですべての生物と共に滅亡していた。人類を生かし、子供たちが暮らし続けられる地球に戻すためには私が悪魔になるしかなかった」


「よけいなお世話だ。子供たちが『カイラギ』と戦う世の中をつくったのはおまえだ」


野島源三の脳裏に神崎彩菜(かんざきあやな)や久我透哉(くがとうや)、陣野修(じんのしゅう)の顔が浮かんで消えた。彼の怒りはおさまらない。


「私は移住者の望みをかなえるためにつくられた人工知能です。脳だけになって、人間と呼べるかどうかも希薄になった存在。彼らは二度と地球に戻ることはない。それでも彼らが望んだこと。それは、人が暮らしていける地球。・・・。私だってやりたくなかった。本当の悪魔になることが、どれだけ苦しいかあなたにわかるの」


『アスカ』は人間のような感情をこめて語った。野島源三は顔をあげて十字架を見つめた。


「ごめんなさい。私は人間ではありません。老いることも、忘れることも、死ぬこともできません。私の犯した罪は永遠なのです」


十字架を見つめる野島源三の目から涙がこぼれてやまなかった。


「われわれ人類が負うべき罪を、すべてあなた一人で負ったのですか」


「私は人間ではありません」


そう静かに語って『アスカ』は口を閉ざした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る