K05-01

「ふう」


野島源三(のじまげんぞう)は三村美麻(みむらみま)が記した手書きの報告書を読み終えてため息をついた。パソコンなどを使った電子文書は持ち運びには便利だったが、簡単にコピーを取られる恐れが高かった。セキュリティーと言う意味では原始的ではあるが手書きの書類が一番安全だった。


 三村美麻が軍の極秘データベースから引き出した情報と野島源三が足で稼いだ情報をつなぎ合わせると陣野真由(じんのまゆ)の推測の裏付けがほぼとれた。やはり、陣野真由の再生医療に関する研究はアメリカ軍に筒抜けだった。それを日本軍は黙認していたばかりか協力すらしていた。


 アメリカ軍はグアムの基地の地下に極秘裏につくった研究施設で、彼女が発見した『サースティーウイルス』を使った兵器開発の研究を進めていた。アメリカ本土でやらなかったのは『サースティーウイルス』の危険性を理解していたのだろう。島の住人は犠牲にしても、国全体の利を取る辺りはいかにもアメリカらしい考えだった。


 日本の民間技術のほとんどが、不法に盗み出されてアメリカの軍事技術に転換されていたのは周知の事実だった。介護補助を目的につくり出されたロボットスーツはアメリカ兵の武器運搬能力と走破(そうは)能力を高めた。海底調査用につくられた自律型無人探査潜水艦は動く機雷(きらい)となった。災害調査用の蛇型ロボットは水陸両用の偵察ロボットに。操作性の良さから日本製ゲーム機のコントローラーが無人航空機や無人戦車のオペーレーションルームの主流となり、アメリカ本土にいながら敵国をゲーム感覚で攻撃した。午前中に敵国を爆撃し、お昼に三ツ星レストランでランチを楽しむ若者をテレビで見た時には吐きそうになった。日本の医療現場で真剣に研究されていることも例外ではなかったと言うことか。発見者の陣野真由は危うく世界を破滅させたマッドサイエンテストとして歴史に汚名を刻むところだった。


 結果、アメリカ軍は『カイラギ』と言う化け物をつくり出した。自ら作り出したものの力を見誤り、太平洋艦隊も大西洋艦隊も失った。最後はゲーム感覚で核を用いて『サースティーウイルス』の感染者を焼き払った。核を所有する軍事大国は似た通ったりの末路をたどって自滅した。


「結局、アメリカ本土の軍はどうなっているんだ」


野島源三は取調室に招いた三村美麻に尋ねた。


「アメリカも中国もロシアもインドも。大国と呼ばれた国の政府はもうないみたいです。他民族国家は経済が破綻するとお互いをつなぎ止めておく利点がなくなったようです。小さな共同体国家に分裂して、街単位で統治されているようです」


「たった三年でか」


三村美麻の答えに野島源三はあきれた。


「本土のアメリカ軍は消滅したのに、なぜ、在日アメリカ軍は存在するんだ」


「日本政府が必要としているようです。それに戻りたくても彼らは国には帰れないようです」


「なら、われわれの行動を監視している組織はなんだ。どこから資金が出ている」

三村美麻はうつむいてテーブルを見た。野島源三は彼女が軍の人間であることを思い出した。


「すまん。三村さんを責めているわけじゃないんだ」


「ええ、わかってます。軍がアメリカのスパイをやとってまで守りたいのは『カイラギ』からくすねた資源の横流しのようです」


「たいそうな落ちぶれぶりだな。アメリカ軍の亡霊に、火事場泥棒の日本軍か。情けなくて怒る気にもならん。山村(やまむら)がいなくて良かった」


「ええ。本当に」


三村美麻は同意した。


「ところで国防副大臣の桐生雅史(きりゅうまさし)はどうなんだ。あの異様な出世は、背後にいる黒幕がいるとしか思えんが。やつは私利私欲で動く男には見えない。まあ、証拠はなに一つない。刑事としての感みたいなものだが」

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