M02-02

 指揮車が止まった先には、大きなゲートがあった。ゲートには部隊の所属やこの先になにがあるのかを示す看板も表札も見当たらなかった。軍服に身を包んだ兵士が銃をかかえながら近寄ってくる。ドライバーが軍の命令書を渡すと、間もなくしてゲートが開かれた。指揮車と『バイオメタルドール』をのせた大型トレーラーはゲートを通り抜けて地下道へと向かった。岩盤をくりぬいただけの巨大な洞窟のような道をぬけると、真新しいコンクリートの施設がそびえ立ち、横には造船所が見て取れた。


「ここは『一特(いちとく)』のための施設です」


陣野真由(じんのまゆ)は、園部志穂(そのべしほ)、神崎彩菜(かんざきあやな)、久我透哉(くがとうや)、陣野修(じんのしゅう)の4名に指揮車をおりるようにうながした。


陣野真由の後ろについて4人が造船所に向かうと、そこには建造中の巨大な船があった。作業員たちが塗装をしているところをみると就航はもう間近だとわかった。


「この船は『カイラギ』達の居住拠点を調査する調査船です。われわれ『一特(いちとく)』はここで2週間の海中戦闘訓練をおこなった後『カイラギ』調査のため外洋へ向かいます」


陣野真由の説明を受けて、神崎彩菜がはしゃいだ。


「海。私たち海にいくんだ」


神崎彩菜は陣野修の腕を取って飛び跳ねた。


「海だよ。海。『カイラギ』に奪われて以来だれもいったことのない海。よーし。海を取り返してやる」


陣野修は答えることなく、振られる腕を無言で眺めていた。


「奪還作戦ではありません。『カイラギ』の生態と行動目的の調査です。不要な戦闘はできるだけ避けます」


陣野真由は神崎彩菜をたしなめた。園部志穂の顔色がみるみる青ざめていく。


「ここ数年、外洋に出て帰還した船は、民間はおろか軍でも一隻もありません。それに『バイオメタルドール』を使った水中戦なんて聞いたことがありません。帰還できる確率は限りなくゼロだと推測しますが」


「そうね。園部さん。あなたが嫌ならこの場で帰ることも特別に許可します。しかし、残った場合は途中での心変わりは軍規に従います」


陣野真由の言う軍規とは脱走兵として銃殺もやむなしと言う意味だった。


 園部志穂は関東軍大学で親友だったオペレーター仲間を先日の作戦で失ったばかりだった。危険の少ないとされる回収業務でもなにがおこるかわからない状況に置いて、勝算のない戦いに出向くのは命をすてにいくようなものだった。子供たちの命を犠牲にして集めた貴重な資源が、このような施設の建設に使われたかと思うと複雑な思いもあった。


 しかし、戦闘が長期化してジリジリと戦力を失いつつある現状を打破するためには陣野真由のような大胆な発想も必要だとも感じた。秘密裏に軍を動かして巨大な船を建造させる陣野真由の影響力に驚嘆した。陣野真由がなんの作戦も持たずに莫大な資金を軍から引き出せたとも思えないのでそれを聞いてから判断することにした。


「敵の支配地域で『カイラギ』と戦わずにどうやって未知の海域で調査を進めるのですか」


「『バイオメタルドール』を『カイラギ』に偽装します。園部さん。あなたは『バイオメタルドール』がなにをベースにつくられたかは、もちろん知っていますよね」


陣野真由はこともなげに言い放った。

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