M01-02

 久我透哉(くがとうや)と陣野修(じんのしゅう)の戦いは続いている。陣野修のBMD-Z13は倒れた道路標識の鉄塔の上に『4ウィールブレード』のソウルをのせてグラインドする。久我透哉のBMD-T07が放つ『クナイ』が上下左右に彼を襲う。『クナイ』は直線的な動きだけでなく、久我透哉の腕にあやつられてツバメのように空を舞った。


 なにより驚きなのはBMD-T07はBMD-Z13の方を向いていなかった。一見すると静かにたたずんでいるようにしか見えない。陣野修のBMD-Z13が後ろに回り込んでも『クナイ』の執拗な攻撃は弱まることがなかった。


 移動用のアンカーをあんな風に戦闘に使えるとは神崎彩菜(かんざきあやな)とっては一つの発見だった。神崎彩菜自身もアンカーを使うことは得意だと思っていたが、上には上がいるものだと感心せずにはいられなかった。


『4ウィールブレード』を駆使する陣野修の動きもまた特異だった。通常、車輪のついた移動機器はスピードはあっても動きが円弧を描くことから、移動ポイントの予測がしやすく、飛び道具系の武器につかまりやすい欠点があった。


 BMD-Z13の動きは慣性の法則を問題ともしない多彩なものだった。回り、飛び、急反転。壁を走り、鉄塔を横滑りした。サーカスの曲芸でもああうまくはいかない。陣野修の並外れた反射神経がなければ不可能な技だった。


「あんな激しい動き。そう続くはずがない」


『バイオメタルドール』の駆動系はモーターなどの電気的なものではなく、基本的に筋肉が作り出している。肺にかわる背中の呼吸器官から酸素を取り入れてブドウ糖を分解しながら動いている。人間や動物と変わらない。激しく動かせば筋繊維が寸断され、熱や乳酸もたまる。動物と同じしなやかで伸びのある動きは、反面、生物としての限界があることを示していた。


 激しく動き回る陣野修のBMD-Z13に対して、ほぼ静止した状態の久我透哉のBMD-T07の方が明らかに有利だった。時間が長引けば長引くほど陣野修のBMD-Z13が不利になると神崎彩菜は予測した。しかし、陣野修のBMD-Z13は遅くなるどころか、むしろ速くなっているように感じる。


「ドーピング」


 20世紀の後半からスポーツの世界ではドーピングが問題視されるようになった。21世紀をむかえて、筋肉を増強したり、神経を鋭敏化するような薬が次々と開発された。安全性も高まり21世紀の後半ではドーピングが当たり前となった。薬物の解禁によってスポーツの大会記録は次々と更新され、スポーツ選手の適性検査には薬との相性が評価項目に加えられた。


 スポーツ界ですらそうなのだから、軍が安全性の確認ができていない新薬を使うことは当然とも言える。『バイオメタルドール』が生体兵器ならなおのことであった。彼らはパイロットであり、兵士であり、モルモットであった。


 神崎彩菜はそれでもいいと思った。彼女の父も母も弟も『カイラギ』の『サースティーウイルス』の犠牲になっていた。家族を失い、友達を失い、生きる目的すら失って児童養護施設にいるところを救い出してくれたのは軍だった。両脚を失った今、学校を卒業してもまっとうな仕事につくことは難しいだろう。だが、ここでは彼女の力を求める人々がいて、生きる場所を提供してくれていた。


 問題はあと1年半ほどで『バイオメタルドール』に乗れなくなることだ。15歳を過ぎると『バイオメタルドール』の生体融合反応が強く表れるようになる。大人が『バイオメタルドール』に乗れないのはそのためで、例え『フェイクスキン』で体を覆っていても、すぐに融合がはじまって『バイオメタルドール』に取り込まれてしまうのだった。なぜそうなのかは軍の機密事項でパイロットには明かされていなかった。たとえ説明されても、中学生である神崎彩菜には理解できるとも思えなかった。


 あと1年半生き残れば、莫大な恩給がまっている。家族のいない神崎なら、どんな贅沢をしても一生、遊んで暮らせるだろう法外な金額だ。ただし、生き残れればの話だった。彼女は生き残ることより復讐を優先した。そのはずだった。陣野修を救い出すまでは。

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