第48話 そして十年後……

 フィルドメルク帝国がザルブベイルにより文字通り滅ぼされてから十年が経過した。


 フィルドメルク帝国を文字通り皆殺しにしたザルブベイルはすべての復讐を終えて消滅するようなことはなくそのまま現世に留まっている。


 ザルブベイル帝国……


 これがフィルドメルク帝国が滅亡した後に新たに誕生した国家である。ザルブベイル帝国は死者の国である。この事実は近隣諸国を慄然とさせたがザルブベイル帝国は近隣諸国に対し相互不干渉を宣言した。


 死者の帝国の存在ははっきり言って近隣諸国にとって脅威以外のなにものでもない。そのためにフィルドメルク帝国と同等の国力を有していたエジンベック帝国がザルブベイル帝国に攻め込んできたのだが、結果は生者達の敗北に終わった。


 エジンベック帝国はフィルドメルク帝国同様に圧倒的な力で粉砕され、皇族、貴族などの支配者層は皆殺しになった。一般市民ではなく支配者層だけを根絶やしにするというやり方に近隣諸国は戦慄した。

 貴族達は一般市民達を只の数で見るものが多いのは事実である。だがザルブベイルは支配者層だけを狙って攻撃する。その際に邪魔するものは一緒に滅ぼすという一貫した行動をとっていた。

 一種の見せしめの行為であるが、これが上手くいき十年の間にザルブベイルによって滅ぼされた国はエジンベック帝国だけである。


 宗教界からは神の理から外れたアンデッドであるザルブベイル帝国を敵視し信者に向けて“ザルブベイルを滅ぼせ”という煽動を行った大陸最大の信者数を誇るエキュラ教がザルブベイルの圧倒的な力の前に粉砕された。


 アンデッドに対する専門家の揃うエキュラ教教会であったが、ザルブベイルは彼らが今まで対峙してきたアンデッド等とはまったく異なっていた。意思があり、身体能力も他のアンデッドなどまったく相手にはならなかったのである。


 エキュラ教会の指導者達はザルブベイルの手によってすべて処刑された。教皇は当然であり、一定以上の位階にあるものは例外なく処刑という苛烈な処置にエキュラ教会は震え上がった。

 今後の教会運営に対して大きな支障が出ると訴えた聖職者がいたのだが、ザルブベイルはその場でその聖職者を処刑した。


「我々は売られた喧嘩を買っただけだ。別に貴様らと仲良くしようなどと思わん」


 オルトの言葉にエキュラ教会の面々は沈黙せざるを得なかった。オルトの言葉はザルブベイルの求めるものは不干渉であり、それを破るものがいれば容赦なく滅ぼすことを宣言したものである。支配でもなければ友誼を結ぶのでもない。ただ不干渉であれという強烈なメッセージであった。


 この事が広まると近隣諸国はザルブベイルへの干渉を一旦見送る事になったのである。



 *  *  *


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ


 ザルブベイル帝国の北部に位置するクワーティ鉱山で大規模な崩落事故が起こった。


「親方、崩落事故が起こったみたいです」

「そうか。掘り返しが面倒だな」

「ですね」


 崩落事故が起こったというのに現場を指揮するザルブベイルの者達はまったく慌てることはない。

 このクワーティ鉱山で働いているのはフィルドメルク帝国の中でも最もザルブベイルに憎まれている者達である。


 具体的に言えば、元皇帝アルトニヌス、皇太子であったアルトスを始めとする大貴族達や領民を虐殺したバーリング並びにその部下達である。

 アンデッドである彼らは昼夜問わずに働かされている。アンデッドである彼らには休息も食事も必要ではなく延々と働かされ続けているわけである。

 またアンデッドである彼らに安全を考慮する必要はまったくなく一ヶ月に一、二回は大規模な崩落事故が起こっているのだ。


「次は南の方を掘ってみますか?」

「南の方をか?」

「はい、あっちは未だに手つかずですから鉱脈がある可能性が高いですよ」

「そうだな。今の所はあらかた掘ったしな。そろそろ次の鉱脈を探した方が良いかもしれんな」


 多くの者達が生き埋めになっているのにも関わらず現場を指揮する者達は生き埋めになった者達にまったく関心を示すことはなかった。ここで働く者達の扱いがわかるというものである。



(ぐ……苦しい)


 アルトニヌスは大量の土砂に押しつぶされ全く動く事も出来ずにいた。いつものように鉱山に入り鉱石を掘っていたとき崩落事故が起こったのだ。となりで鉱石を掘っていたアルトスも同じように土砂に押しつぶされている。

 体の半分以上が押しつぶされ凄まじい苦痛があるがアンデッドであるアルトニヌスは意識を失うこともなく、死ぬ事も出来ずにひたすら掘り返してくれるのを待つしか無いのだ。


(前回は二週間だったな……今回はいつになる?)


 アルトニヌスは体が押しつぶされ身動きが全くとれない中で意識だけあるというのは最も恐ろしい。このまま見つけられなければ永遠にこのままなのである。アンデッドとなった今でもその事を想像すると気が狂いそうになってしまう。


(いつまでこんな事が続くのだ……)


 アルトニヌスはこの十年の間、常に後悔の念に苛まされていた。自分のやるべき事をしなかったために帝国を滅ぼし、家族を皆殺しにされ、家臣達も全滅させられた。そして自らも命を失ったのである。しかもそれで終わりではなくザルブベイルの者達のみならず臣民からも白眼視されているという状況だ。


(あの時……ザルブベイルを守っておけば……)


 アルトニヌスの後悔はつきない。そして元皇太子のアルトスもその心は同じであった。


 アルトニヌス達が救出されたのは崩落事故から三週間後のことであった。そして救出されたとしても彼らの地獄は終わる事は決して無いのである。


 フィルドメルク帝国の旧支配者達は過酷な労働に従事させられており、永遠に続くかのような絶望感に満ちた生活を送っているのである。


 当然ながらリネアやレオン達も許されるはずもなく希望のない家畜のような生活を送っているのであった。


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