第38話 裁く者、裁かれる者③

 裁判の当日がやってきた。


 裁判を受ける事になっている者達は朝食を摂るとそのまま順番を待つことになった。すでに第三皇子であるシュクルが一番最初に裁判を受けることが決定している。

 朝食を摂って一時間ほどして、ザルブベイルの家臣が謁見の間に入ってきた。謁見の間に入ってきた家臣は全員を見渡すと口を開いた。


「これより裁判を行う」


 家臣の言葉に全員の顔に緊張の表情が浮かんだ。


「第三皇子シュクル殿下から裁判を受けてもらう」

「わかりました」


 シュクルは臆することも無く真っ直ぐに家臣の目を見て言う。すると家臣は静かに頷くと家臣の後ろについて謁見の間を出て行った。シュクルに声をかけるものはだれもいない。


(母上、皇族として今回の件に責任をとらなければなりません。どうかその事をお忘れ無きように)


 シュクルはチラリと母アリューリスに視線を向けると心の中でそう呟く。この一週間という期間、シュクルは母アリューリスに皇族としての責任を説いたのだが納得している様子はなかったのだ。

 シュクルは家臣の後ろに付いていき皇城の中を歩いて行く。所々に血がこびりつきそれがどす黒く変色しているのを見る度にシュクルは皇族としての責任感を嫌が応にも突きつけられている感じがするのだ。


(ザルブベイルを切り捨てるような真似さえしなければ……いや、もう遅いか)


 シュクルは心の中で自嘲する。今更言っても仕方の無い事だとシュクルは思ったのだ。


「ここです」


 家臣が案内した場所は皇城の中にある一室であり、皇帝の臨席する御前会議などで使用される部屋である。


 ギィィィィィ……


 重々しい扉が開くとそこには即興で作ったであろう簡易的な法廷があった。正面にはザルブベイル一家が勢揃いしており、周囲にはザルブベイルの家臣達がズラリと並んでいる。


 さすがに御前会議が催されるような会議室の広さは二、三百人を入れてもまだ余裕があった。


「被告人は着席せよ」


 ザルブベイル一家の脇に立つクルムの従者であるエミリスがシュクルに告げる。シュクルは素直にエミリスの指示に従う。もはやこの段階で反抗しても詮無きことである。


 シュクルが被告席に座ったところでザルブベイル当主であるオルトが周囲を見渡すと静かに頷いた。


「これより開廷する」


 オルトの言葉に全員が立ち上がると一礼する。もちろんシュクルも立ち上がると一礼した。オルトは手で座るように促すと全員が着席する。


「被告人は立ちなさい」


 オルトの指示にシュクルは立ち上がった。するとエミリスが起訴状を読み上げた。


「被告、フィルドメルク帝国シュクル第三皇子、右はザルブベイルに対する非人道的な行いに荷担したものとして責任を問うものである。ザルブベイル刑法第三十八条により死刑を求刑するものである」


 エミリスの言葉をシュクルは静かに聞いている。何とか平静を保とうしているが、その指先が僅かに震えているのがザルブベイルの者達にはわかっていた。しかし、誰もそれに対して嘲笑しない。

 ザルブベイル当主一家からシュクルの覚悟を聞いていたために嘲笑の類を向けるべきではないという意識であったのだ。


「被告人は何か反論することがあるか?」


 オルトの言葉にシュクルは静かに首を横に振る。


「そうか。それでは起訴事実を認めると言うことで良いか?」


 オルトの問いかけにシュクルは静かに頷くと凜とした声で言った。


「起訴事実は我々フィルドメルクの皇族として言い逃れをする事は出来ない。私は皇族の一員としてザルブベイルへの虐殺に対して責任を果たす必要があるし、帝国の臣民に対して亡国の責任を果たすつもりだ。よって起訴事実を認め刑に処される事で責任を果たそうと思う」


 シュクルがしっかりとした口調で言い放つと全員が沈痛な面持ちとなる。若干十二、皇族とはいえザルブベイルの虐殺に対して直接は何も行っていないのは明らかである。


「うむ、確かにシュクル殿下・・には直接責任はない。だがあなたは皇族である。皇族である以上義務を果たす必要がある。よって助命はせぬ」


 オルトの言葉にシュクルは真っ直ぐにオルトを見つめると頷いた。


「その通りです。助命など私にとっては侮辱です。私は皇族として最後の責務を果たさせていただく」


 シュクルの言葉にオルトは頷くと口を開いた。


「シュクル第三皇子、あなたには自死を持って刑とする」


 オルトの言葉にザルブベイルの間からほっとした空気が発せられた。死刑は揺るぎないことであるが、その死に方は嘲りからほど遠いものである。


「ありがとうございます」


 シュクルは立ち上がると静かに一礼する。死はもはや避けられぬものである事をシュクルは知っていたが、公開処刑などは出来る事なら避けたかったのだ。


「シュクル第三皇子、あなたのような方が我らの忠誠の対象であれば互いに幸せであったのだがな」

「今更言っても詮無きことです。それよりも温情を感謝いたします」


 シュクルはややほろ苦く笑う。その笑顔を見てオルトは宣言した。


「以上で閉廷する」


 オルトの言葉を受けてシュクルはそのまま別の場所へ連れて行かれた。そしてそれからオルトの横に座っていたエミリアが席を立った。家族達はエミリアを黙って見送った。


 シュクルは何処に連れて行かれるのかわからなかったが、ただ自分が今から死ぬ事だけは理解できていた。


(はぁ、出来る事ならあまり苦しくない死に方が良いな。まぁ公開処刑よりはマシか)


 シュクルが通されたのは自分の私室であった。荒らされることもなくそのままの状態である自室に入るとシュクルは息を吐き出した。


 シュクルは机に向かうと紙に文字を走らせる。遺書を書いているのだ。


(後世の人達の戒めとして残ってくれれば)


 シュクルはなぜフィルドメルクが滅びることになったのかを書き始め、そして為政者としての心構えを書き記そうとしたのだ。十二という年齢を考えればその文章は立派であると言えるだろう。

 シュクルが短いが強烈なメッセージを込めた遺書を書き終えた時に自室がノックされた。返事をするよりも早く扉が開け放たれそこにはエミリアがアミスとヘレンを連れていた。


「エミリア様」


 シュクルは微笑みを浮かべてエミリアに声をかける。エミリアは何とも言えない表情を浮かべつつ頷いた。


「エミリア様が私の見届け人というわけですね」

「はい」

「それは良かった。エミリア様に見届け人となっていただけるなんて望外の喜びです」

「どうしてですか?」

「簡単です。私はエミリア様をお慕いしてましたからね」

「そうだったのですか?」

「といっても恋慕の情ではなく尊敬していたという方が強いですよ」


 シュクルの言葉にエミリアは小さく笑う。エミリアにとってシュクルはかわいい弟のような存在であったのだ。


「それではお願いします」


 シュクルはそう言うとエミリアに向かって頭を下げた。


「ええ、わかりました」


 エミリアはアミスに視線を向けるとアミスが持っていたティーセットをテーブルの上に置きお茶を注ぐ。


「毒酒ではないのですね」

「シュクル殿下はまだ十二ですのでね」

「はいはい。エミリア様の言葉に従いますよ」


 シュクルはやや拗ねた様に言うと注がれた紅茶の香りを楽しむと一気に飲み干した。ティーカップを静かにソーサーに置いてしばらくすると急激な眠気がシュクルを襲った。


「シュクル殿下、こちらでお休み下さい」


 エミリアはそう言うとシュクルの手をとってベッドへと連れて行った。シュクルはそのままベッドに倒れ込む。その瞬間の眠気はとても抗いきれるものではない。


「エミリア様……お願いが……」

「はい。何でしょうか?」

「手を握ってくれませんか?」

「承知しました」


 シュクルの言葉にエミリアは素直に従う。握られた手から体温が少しずつ失われていくのをエミリアは感じていた。


「ふふ……エミリ……ア……さ…ま…おやす……な……さ……」


 シュクルはエミリアにそう言うと静かに目を閉じる。シュクルが呑んだのはザルブベイルの秘伝の毒であり、強烈な眠気をもたらし、そのまま静かに心臓の鼓動を止めるものだ。そのかいあってかシュクルは苦痛なく死者の門をくぐり抜けたのだ。


「お嬢様……」

「わかってるわ。シュクル殿下は頑張ったのだから少し眠らせておいてあげましょう」

「わかりました」


 エミリアはアミスにそう言うとシュクルの口に口付けをする。エミリアの口から瘴気がシュクルの体内に入っていく。目覚めた時にはシュクルはアンデッドとして目を覚ますことになるのだ。


「お休みなさい殿下……良い夢を」

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