第24話 皇城攻防戦⑥

「ご苦労様、それでは下がってなさい」


 エミリアは傲然と言い放つとバーリング軍の兵士達はザザッと道を開ける。ザルブベイルの意向に逆らう事は死と同義であるというのがもはやバーリング軍の認識である。


 先だって殺された百人は本当に無作為に選ばれたのだ。一列に並べられるとランダムに殺し始めたのだ。

『逃げきれる自信があればやってみろ』という処刑人達の言葉はバーリング軍の行動を思い切り縛り、兵士達はその場に黙って立ちすくんでいた。また殺し方も残虐を極めており四肢を切断し少しずつ胴体を斬り裂き、苦痛を与えて殺していったのである。

 当然、選ばれた者達は絶叫を放ち、選ばれなかった者達にザルブベイルへの恐怖を刻み込んでいったのである。


「それでは行きましょうか。ヘレン、アミス」

「はい」

「承りました」


 エミリアが声をかけるとエミリアと同年代の少女二人がエミリアの背後に立つ。侍女の服装に身を包んだ二人の少女はエミリア付きの侍女である。幼い頃よりエミリアに仕えその忠誠心はザルブベイル一党の中でもトップクラスである。

 エミリアに先立って処刑されていたが、見事に復活しエミリアに再び仕える事になったのである。


 エミリアは二人を引き連れ無人の野を歩くが如く死屍累々ししるいるいの戦場跡をゆく。エミリアの体から黒い靄が溢れ出すと転がっている死体に触れると纏わり付いていった。


「ザルブベイルのクソ女だ!!」

「殺せ!!」


 守備隊よりエミリアへの罵詈雑言ばりぞうごんが発せられるが、明らかに先程のバーリング軍へのものとは毛色が違っている。バーリング軍に対しては完全に怒りをぶつけていたのだが、エミリアに対しては恐怖が多分に含まれているのだ。


(もう死んでいるのに殺せとはね)


 エミリアは守備隊の罵詈雑言に対して皮肉気にそう思う。そんなことを思っていると守備隊の方から一斉に矢が放たれ始めた。

 しかし、それらの矢はすべてヘレンとアミスの二人により叩き落とされた。二人の侍女は落ちている槍を拾い上げるとエミリアの前に立ち矢を薙ぎ払ったのだ。しかも、エミリアに当たらないものは無視したほどである。


「二人とも矢程度では私を滅することは出来ないのだから気にしないで良いのよ」


 エミリアはふんわりと微笑みながら二人に告げるとヘレンは強い意志の籠もった目でエミリアに返答する。


「御言葉ですが下賤な者の矢でエミリア様を穢させたとなれば我ら二人の恥にございます」


 ヘレンの言葉にアミスも頷く。


「ヘレンの言う通りでございます。エミリア様を守り切れなかった恥をここですすがせてください」


 アミスの言葉にエミリアは慈愛の表情を浮かべた。


「ありがとう。でも私達もあなた達家臣を守る事が出来なかったのよ。そのあなた達が再び矢を受けるような事があれば私はつらいわ」

「エミリア様」

「エミリア様……」


 エミリアの言葉にヘレンとアミスは涙ぐんだ。エミリアは身分の区別はきちんとつけるし主人たる態度を決して崩すような事はしない。だが、家臣達に対して慈しみを持って接することと矛盾する事ではない。

 エミリアは、いやザルブベイル一家は家臣、領民に対して常に責任を果たし、大切にしてきたのだ。それゆえに家臣や領民達は本来では忌避されるアンデッドとして甦るという呪印を生まれた時に例外なくその体に刻むのだ。


 エミリア達が麗しい主従愛を展開している間にも守備隊の方から矢は射かけられてくる。


「うるさい……」


 ヘレンは苦々しく言い放つと手にしていた槍を守備隊の兵士に投擲する。凄まじい速度で放たれたそれは、矢を射る兵士の顔面に直撃する。顔面に直撃を受けた兵士の頭部は粉々に砕け散りその肉片が周辺にばらまかれた。


「ひぃぃぃぃぃ!!」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 肉片を浴びた兵士達の口から恐怖の叫びが上がった。あまりにも常識外の威力に一気に兵士達の恐慌状態が広まっていく。


『グォォォォォ!!』


 そこにさきほどエミリアの体から発せられた黒い靄を受けた死体は死者の騎士となって立ち上がったのだ。


「ひぃぃぃぃぃ!!」

「なんだよありゃぁぁ!!」


 兵士達の中から再び恐怖の声が発せられた。帝都の民が殺戮され、その死体をアンデッドにする姿は守備隊の者達も見ていたのだが、今回の死者の騎士は禍々しさが明らかに異なっていた。

 守備隊の者達は全員が死者の騎士を目の当たりにして『あれには勝てない』という思いを強めていったのである。一人、また一人と武器をその場に落とし始める。膝をつき嗚咽の声が漏れ始めた。

 本来、部下を叱責する立場の指揮官達もあまりにも禍々しい光景に呆然としていた。


(あら……意図していなかったのだけど守備隊の心が折れてしまったようね。……となると)


 エミリアは意図せず守備隊の心を折ってしまった事に対して呆れつつ冷たい視線でバーリング軍を見やった。


(……あいつらは用済み・・・ね)


 エミリアは心の中で呟くと歩を進める。とりあえずはリネアとレオンをアンデッドとするという当初の目的を果たす事にしたのだ。

 エミリアの体から発せられる黒い靄が死体に触れる度に死体達は死者の騎士として立ち上がるとエミリアの周囲を固めていく。


「無様なものね」


 リネアとレオンの死体の前に立ったエミリアは侮蔑の感情を隠すことなく言い放った。数十本の矢が体に突き刺さった全裸の男女の死体、死相はとても惨たらしく死の瞬間まで苦しんだ事が十分に窺いしれる。


 エミリアはリネアとレオンの二人の死体に黒い靄を覆わせるとリネアとレオンの目に意識が戻った。


「おはようございます。リネア、レオン


 エミリアの声かけにリネアとレオンは呆然としていたが自分の置かれている状況を把握したのだろうギョッとした表情を浮かべた。


「エミリア、貴様……がぁ!!」

「エミリア……きゃあ!!」


 二人がエミリアの名を呼んだ瞬間にヘレンとアミスが槍で二人の顔面を殴りつけた。


「貴様ら如きクズがエミリア様を呼び捨てにするとは!!」

「クズが家畜・・の分際でエミリア様の名を呼ぶなど!!」


 ヘレンとアミスはそう言うと槍の石突きの部分で二人の顔面を容赦なく衝いた。


 グシュリという音が周囲に響き渡る。アンデッドとなったリネアとレオンは苦痛の為にただうめき声を上げている。アンデッドとなった二人であるが同じアンデッドであるヘレンとアミスからの折檻は効果があるようである。

 これはヘレン達の瘴気によりリネアとレオンを構成している瘴気に干渉しているからである。


「二人とも待ちなさい。この者達は愚か故に自分が何をしているかわからないのよ」


 エミリアは優しく微笑むとヘレンとアミスは恐縮したような表情を浮かべた。いくらリネアとレオンが無礼を働いたとは言えエミリアの許可を得ずして行う行為ではなかったのだ。


「ふふふ、良いのよ。怒っているわけではないわ。あなた達の行動は私のためであることはわかってるから」

「エミリア様」

「ありがとうございます」


 ヘレンとアミスは感極まったように目に涙を浮かべている。またも麗しい主従愛が展開されていたがリネアとレオンは呆然としつつその光景を血だらけの顔で眺めていた。


「エミリア……お前が俺達を甦らせたのか?」


 レオンがエミリアに問いかけるとエミリアの冷たい視線がレオンに突き刺さった。


「ぎゃあああああああああああああああぁぁぁぁっぁあああ!!」

「きゃぁぁっぁぁぁっぁあっぁぁぁあああああっぁっっ!!」


 リネアとレオンが突如絶叫を放ちのたうち回り始めた。


「ヘレンとアミスの警告がまったく伝わってないなんて貴方方の愚かさは凄いわね。少しは賢くなるまで、そのままそこでそうしてなさい」


 エミリアはそう言うとヘレンとアミスに向けて言う。


「とりあえず目的は果たしたから戻るとしましょう。こいつらで遊ぶ・・のは後回しよ」

「はい!!」

「わかりました!!」


 エミリアは二人の返事を受けて微笑むと踵を返しそこに二人が続き、それに死者の騎士達が続いた。


 残されたリネアとレオンの絶叫が正門前に響いていた。

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