5-89 ヴァスティーユ1








「ただいま戻りました……お母様」





ヴァスティーユは、戻ってきたことを剣を眺めるサヤに向かって告げた。

そしていつもの通り、その言葉に対しての返事は返ってくることはなかった。


そして、自分が与えられた命令に対しての報告を行う。



「周囲を探索してきましたが、オスロガルムからの追撃は今のところ確認できていません」



それでも、サヤはその後ろ姿に報告の返事を待ち続けた。

だが、いまでも望む返事は返ってこなかった。


そして、ヴァスティーユは見ていない背中に一度だけ礼をして、振り向いて背中を向けた。

ねぎらいの言葉を期待しながら、サヤの近くから離れていった。














ヴァスティーユは自分がこの世界に初めて存在したときのことを思い出す。


短いうたたねの眠りから覚めるようにゆっくりと目を開けると、壁に掛けられた松明の炎に照らされた影が一つ、ゆらゆらと揺らめいているのが見える。




「……成功したのは、あんただけか」



「こ……ここは?」





ゆっくりと身体を起こし、自分の身体のようでそうでない感覚、借り物の身体をゆっくりと起こした。

その身には何も纏ってないが、それで寒いというわけでもなかった。



見知らぬ場所にいたが、道に対する恐怖もなく辺りを見回した。

そこには肉塊がうごめいていたり、身体からはみ出た黒い粘着性の液体が人の身体を貪っていたりする光景が目に入った。




「あんた……名前は?」




腕を組んだ人影が、自分に話しかけてくる。

ローブのフードをかぶり、松明の明かりはその中まで照らすことはできないためその表情までは判らない。



「名前……」




頭の中には自分が呼ばれていた名前が浮かび上がり、その質問に対してその名を答えた。




「私……ヴァスティーユ……」



「ふーン……記憶はあるんだ……ヴァスティーユっていうんだね?あんたここに来る前のことは覚えてる?」




ヴァスティーユは目覚める前のことを、記憶のなかから引き出していく。







ヴァスティーユが過ごしていた場所は、親族だけで構成されている数世帯の小さな集落だった。

家も立派なものではなく、木を組み合わせてその上に大きな葉を被せたような時代。

身に着けているも、草や大型動物の皮をツタを使い縫い合わせて身に着けているような状態だった。

農耕と狩りで集落の食料を賄っていた。


他の集落とのかかわりあいも少なく、一生のうちで集落以外の人間をみることは一、二度あるかないかといった程度だった。



——そこで起こるのは、子孫の問題




子孫が残せなければ、集落も衰退していく。

今まで苦労して、ここに住む者祖先たちが確立してきた、生きるための手段がすべて無に帰すことになる。

過去に、そうなれば仕方がないという意見も出てきていた。

しかし、生きていくのは使命であり本能的に組み込まれたものは抗うことはできなかった。


ヴァスティーユには妹がいた、名はヴェスティーユという。



ヴァスティーユとは年が八つ離れており、二人の母はヴェスティーユをこの世に落としてから病によって亡くなった。

だが、この集落全員が家族のようなもので、他の女性によってヴェスティーユは育っていった。


この集落の家族には、”父親”は一人だけだった。

父親は、自分の気分に合わせて子孫を残す行為ができた。





そして、ある日事件は起きる。


ヴェスティーユが十二歳になった時、夕食の前に父親はヴェスティーユを連れ集落の外へ向かっていった。

ヴェスティーユはこの父をのことを嫌っていたが、腕を掴まれヴェスティーユは強引に家の外に連れ出されていった。











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