5-79 通り過ぎた嵐









「では、その剣をこちらに渡していただきましょうか?」






ヴァスティーユはその言葉に対し、腕を組んだまま黙って見守っている。

きっと、自分から差し出さなければならないんだろうとニーナは感じ取った。

足を一歩前に踏み出し、さらにもう一歩前に踏み出す。

腕を伸ばせばもう届く範囲だが、距離を詰めすぎて危険な目にあう可能性を避けるためほんのわずかに距離をとる。

それとは別に、腕を伸ばせば剣の重みで支えられないためこの距離が精いっぱいの距離だった。

ニーナは剣を抱えて、そのままヴァスティーユに差し出した。



ヴァスティーユは組んでいた腕を解き、ニーナの差し出した剣に手を伸ばす。

そして、剣の重みに耐えるニーナの腕から、その苦しみを解放するべく剣の鞘を掴んだ。

そのままゆっくりと片手で持ち上げ、巻き付けてあったベルトを解き、自らの腕に通して目的の剣を背負った。



「それでは、お約束通り……この子をお返しするわ」



ヴァスティーユがそう告げると、クリエの周りを包んでいた黒い霧の膜が消えていった。

そしてクリエを支えていた”何か”が外れ、身体が膝から崩れ落ちる。

それをカルディが、急いで抱え込んだ。





「それじゃあね……この剣について少しはそこのモイスに話してあるみたいだから」



「ねぇ、待って!……小夜ちゃんは今どこに!?」



ハルナの声はヴァスティーユに届いているはずだったが、その声には応じず入ってきた扉から姿を消していった。




「……あ」



ハルナは体中の力が抜け、膝を床に付けて崩れ落ちた。

そんなハルナを後ろから肩に手をかけて、エレーナはその身体を引き起こそうとする。



「ハルナ……しっかりして」


「うん……ありがとう、エレーナ」



エレーナに手伝ってもらいながら、ハルナは身体を起こし立ち上がった。





「まずはクリエを安静にさせよう……キャスメルついていってやってくれ」



「あ、あぁ……」



ステイビルは、カルディの中で抱かれたクリエをただ心配そうに見つめるキャスメルに声をかけた。

心配であることは理解できるが、チームを預かるべき存在として良くない行動であると考えた。

だが、これが逆の立場であった場合、正気を保っていられるかと言えば自信がなかった。


だから今は、助かったクリエの傍にいるようにとキャスメルに声をかけたのだった。




そして状況が落ち着いた頃、エレーナとハルナとサナは、まだ目を覚ましていないクリエが横になっている部屋を訪ねていく。



ハルナはフウカに頼んで黒いものに犯されていないか調べ、エレーナはヴィーネの力でクリエの回復の力を助ける。

サナはヒールの魔法を使ったが、傷ついたり体力が落ちているようではなかったため、その効果は得られなかった。

その様子を見ていたカルディたちは、ハルナ以外の者たちが行った能力に驚愕した。


もうこの際だからと、ステイビルはキャスメルたちに自分たちが歩んできたことの話をきかせた。

それは、グレイネスからの許可も得た上でのことだった。


フレイガルでの自分たちと違うシュナイドへの道のりと、その場にいたガブリエルのことには驚いていた。

王妃のローリエンは、本来ガブリエルは別な場所でお会いするはずであると教えてくれたが、ステイビルたちの幸運と呼んでもよいかわからない偶然に驚いていた。



そして、時間が経過しクリエが目を覚ました。

身体には特に問題がなく、ずっと長い眠りの中にいたと話し自分が今どうしてこの場所にいるのかという質問をキャスメルに問いかけた。

それについてはまた後で説明するとし、いまはクリエの無事を全員で喜ぶことにした。









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