5-47 救助
「ボーキン様!魔物がこちらに向かってきております!」
宿屋の上にある見晴らしの良い場所から、急いで駆け下りてきたエルメトは息を切らしながら自分が確認したことを報告する。
ボーキンは自分のことを呼ぶ際には、様などつけなくてよいと何度もエルメトに言って聞かせていた。
だが、警備兵の頃の癖がいつまでも抜けないのは仕方がないことなのだろうと判っていた。
いつもならば、その呼び方を止めるようにと、何度も繰り返してきた言葉をエルメトに言って聞かせているのだが、今回はそれどころではない。
「なんだと!エルメトよ、その数はわかるか?」
「は、はい!視認ですが、おおよそ十数体の規模かとおもわれます!」
「な……なんだと!?」
ボーキンはその数に対して、驚きの声をあげた。
昨夜、夜の闇に紛れてこの宿に逃れてきた兄妹ががいる。
兄の方は、妹を庇うためか体中に傷を負っていた。
今はその傷が原因で、熱を出して寝込んでいる。
意識が朦朧とする兄の傍で泣きじゃくる妹に、アーリスは優しく問いかける……二人の身に何が起きたのかを。
その答えは、この場で聞く全ての者が驚愕する内容だった。
突然魔物が王国全体に襲い掛かり、天からやってきた悪魔たちは空を黒く染めて西の王国に降り立ったという。
そして魔物たちは、目にしたもの全て老若男女問わずに襲い掛かっていった。
その兄妹は両親と一緒に町を出ようとした。
同じ考えをもつ町の人々が、一斉に関所へと向かっていく。
だが、細い通路で人々は詰まってしまい、後ろから押される人の波で収拾のつかない状態になっていた。
魔物たちにとってはその状況は、望んでいない幸運となった。
集まった人ごみの中に黒い火の玉を投げ込むだけで、一瞬にして多くの命を奪うことができたのだから。
その兄妹の両親は、後ろから迫る人と魔物の恐怖から逃れるため列の端に逃げ出した。
そこですでに小さな傷を受けていたが、動きが取れない封土ではなかったため最初に思いついた行動に出た。
人の群れからある程度離れた父親は、これから先の行動を家族に伝えた。
山の中に隠れながら移動をするという行動だった。
人の集まりの中で告げると、同じ行動をとる者たちが現れてしまうため父親はここまで黙っていた。
山の中にも魔物が潜んでいないとは限らない。
しかし、魔物たちが大量の人に目を向けて戦力を投入している今だからこそ、他の行動をとるべきだと父親は判断したのだった。
親子は、町のはずれの山に面した場所から、森の中へ入り込む。
そこは、急な崖があったが、ゆっくりと父は娘を背負いながら無防備な状態で崖を登っていく。
幸いにして、その間は魔物に見つかることなく森の中へ逃げることができた。
だが、続く幸運はここまでだった。
魔物たちは、この国から誰一人逃がさないようにするためか森の中にも魔物を配置していた。
幸いにして、遭遇したのは一体のみ。
父親は、腰に下げていた剣を抜き魔物と向かい合う。
母親に、子供たちを連れて逃げるように指示をして魔物に襲い掛かった。
父親は、自分のことは待たずにディバイド山脈の入口まで逃げろと伝えた。
そこに行けば異変を感じた東の王国の救助がくる可能性もあるためだった。
無事であれば、また東の王国で再開することを約束した。
だが、その約束は叶うことはなかった。
その途中で、また別の魔物と遭遇する、次は母親が子供たちを逃がす番だった。
妹は母親と離れることを拒んだが、兄が母親の気持ちを汲んで妹を抱えて茂みの中に逃げた。
泣き叫びたい気持ちもあったが妹はそれを我慢する、その行為は魔物たちを引き寄せることになるとわかっていたから。
兄妹は途中街道に出た、森の中に魔物が潜んでいることが分かっていたため大きな通りの方が安全であると判断したためだった。
勿論、そんな安全は今となってはどこにもないことは判っている。
二人は精一杯自分たちの中でわかる範囲の行動をとった。
しかし、運が悪く魔物にその姿を見られてしまう。
二人は必死になって逃げた。
子供の身体能力では、魔物から逃げ切ることは難しい。
でも、二人は愚直にも街道をひたすら走り続けた。
兄の背中に何度か、痛みが走る。
魔物は自分たちのことを弄んでいるのだろうと感じた。
兄妹にはそれを覆す能力はない……ただ、ひたすら振り返らず妹を抱えて走っていくだけだった。
疲労と傷で足がもつれ、兄は終に転倒してしまう。
抱えられた妹も、背中に強い衝撃が走った。
背後に魔物の気配を感じ、兄は腕の中の妹を抱きしめて守ろうとした。
――ドッ
背中から鈍い音が聞こえる。
兄は自分がやられたと判断したが、背中には今まで受けた傷以外の痛みはない。
後ろからは苦しそうな音が聞こえ、地面に何かが倒れ込む音がした。
そして、同時に頭の上から声がかけられた。
「――大丈夫か!?」
エルメトは、倒れ込んだ子供に声をかけた。
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