5-21 マーホンの仕事






――カラン、カラン



扉を開けると、内側に付けられている木で出来た鳴子が音を立てる。



「っしぇぃやせぇ」



店の奥から、やる気のないテンションの低い声が聞こえる。

外に向かって開いた扉からは、人が入ってくる気配がない。



(ちっ。また、冷やかしかよ……)



店のマスターはあきらめて、また手元の肉を細かく刻む作業に視線を落とす。





この声を聴いて、入るのを止める人を何人も見てきた。

フレイガルの町は、年中気温が高いため、休暇で長い期間訪れる者が多い。

特に王国に携わってきたものたちで勤労期間が長い者や長期間特殊任務に就いていた者たちの労をねぎらうために、王国の保養施設がいくつか建てられている。

今回ステイビルたちが泊っている場所も、そのうちの一つだった。



この町の宿泊施設を利用するものは、”それなりの”身分の者が多い。



店の中は薄暗いが、そんなに悪い雰囲気ではない。

むしろ落ち着けて、静かに飲むにはちょうど良い感じの店内だった。

店の主は、そんな場所には似合わない容姿をしていた。

頬には切り傷があり、似合わない髭を生やして上前歯が片方抜けていた。

そのため発音も、空気が抜けてしまうような場合が多い。


そんなお店に、誰が好んで来るというのか……

中には、料理やお酒を気に入り、フレイガルへ来るたびに贔屓にしてくれる者もいた。

その大半が警備兵の関係者だが、その者たちからはこの店は好かれていた。

警備兵に入隊する前はやんちゃだった者は、その伸びきった鼻をコテンパンに叩き折られ、鍛えられて高い地位に上り詰めた者も多い。


この店の主は、そこまで体格に恵まれなかった。

たった一人の妹のために、安定した暮らしを手に入れるにはこの力にしか頼るほかはなかった。

だが、努力はしたものの生まれ持って与えられる体格による力の差は埋めようがなかった。

だから、男は警備兵にはなれなかった。



その努力は、無駄にはならなかったのが、この男の持つ運によるものだろう。

男は、人に紹介されてある人物に目を付けられることになる。







「久しぶりね。……よかった。相変わらず空いてるわね?」



「空いててよかったって……そりゃないっすよ……マーホンさん」



その言葉の後に、マーホンを避けながら店の中に入ってきた。




「マーホンさん……ここですか?」


「ふーん……お酒の美味しいそうな臭いがするわね……え!?」



エレーナは初めて見た店の主の顔を凝視する。

その時間は失礼に値するほどの者だったが、エレーナは自分の中に浮かんだ興味を隠すことなく表に出している。





「へー……こだわりが強そうな顔ね。店の感じは気に入ったけど、味の方はどうかしらね!?」


「おい、エレン!ご主人……申し訳ありません、後で言っておきますので」


アルベルトの言葉に、店の主は手を振って問題ないと答えた。




「うむ、すこしお邪魔するぞ」


そういって、ステイビルの後にブンデル、サナ続き、最後にソルベティが店の中に入り、最後の者役目として扉を閉める。


あまり大きくはない店舗の中に十人くらい入り、それだけで店の中は満員となっていた。

マーホンは手慣れた感じで、店に置かれているテーブルと椅子の配置を変える。

そして、ステイビルたちに席についてもらうようにお願いした。




「さっきはちゃんと食べられなかったから、お腹空いたのよね」


「ここはちょっと変わった料理なんですよ?さぁ、ハルナさんも座って下さい」





出てきた料理のその色は赤く、辛めの味付けであることが伺える。



「それでは……」


マーホンの合図にみんなが胸の前で手を合わせる。




「「――いっただきまーす!!」」




この場にいる全員が声を合わせて、食事を開始する。

このことを広めたのは、もちろんハルナだった。


ある日の食事の際に、ハルナが手を合わせて小さく何かをつぶやいていることにエレーナが気付いた。

その行為の意味を質問すると、ハルナの元いた世界ではこうして食事を始める前にみんなで言うという習慣があると説明した。

そこには、料理を作ってくれた者、食材を作ってくれた者、人間の食料へとなってくれた生物への感謝の気持ちも込められているのではないかとも付け足した。

そこから、その習慣をこの旅の間は取り入れようということになった。




ハルナは真っ赤なソースが絡んだ麺を、フォークに巻き付けて口に運ぶ。

辛いことは予測していたので、手元に冷たい飲み物を用意して。




「はむっ……ん!?辛いけど、おいしいー!!!」



その言葉に満足したのは、店の主人ではなくマーホンだった。

この男のこの手の料理の才能を見抜き、投資をしたのがマーホンだった。

場所、食材、資材、資金……それらのすべて面倒を見た。

勿論、当面の生活費も援助した。

初めは妹と二人でこの店を運営していたが、今ここに妹の姿はない。


その話になると、主は嬉しそうにその話をする。

”お客だった男と幸せになった”と。



これで、主も肩の荷が下りかけていたが、またしてもマーホンの言葉によってこの店を継続させることを決意した。

そこからまた、この男も幸せになるのは少し先の話。





ハルナたちは、施設で食べることができなかった料理とお酒を味わいながら、誰にも邪魔されることのない時間を楽しんだ。






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