4-136 意識
床に落ちていた一枚の紙。
ステイビルはその紙を拾い上げようと、身体を前に屈ませ左手を伸ばす。
表面には何も書かれている様子はない、その反対に何か書かれていないかとステイビルはその紙を裏返した。
その瞬間――ステイビルは目の前が暗闇に包まれた。
「……!!!」
建物の外にいる仲間を呼ぼうと声を出そうとするが、腹部の辺りに力が入るだけで音にはならなかった。
突然の状況の変化に、ステイビルはパニックになりそうになる。
だが、声が出ないというだけで、呼吸には問題がなく身体は何かに触れているという感触はないが問題はなかった。
少しずつ落ち着き始めると、次は違う感情が頭の中を埋め尽くし支配しようとする。
その感情の名は――”恐怖”
今まで経験をしたことのない状況で、自分がいま生きているのか……死んでいるのかすらわからない状況だった。
自由に思考することはできるが、運動器としての肉体を動かすことはできなかった。
その状況から、ステイビルは自分が肉体と意思が分離してしまったような感覚を覚える。
(これが死というものか……)
ステイビルはその恐怖を回避すべく、状況を整理しようとした。
その時……
「くくくっ、その不安な感情とっても心地いいわぁ。なんなら泣き叫んでくれても構わないんだけど?……って、あんたあの子と一緒にいるヤツだね」
暗闇の中から、音ではない声が聞こえた。
それは、直接頭の中に語りかけてくるような感覚で、こちらの不安な感情であることがとても嬉しそうだった。
心臓の拍動はないが、ゆっくりと気持ちを落ち着かせて、その声に対してどのように答えるべきか考えを巡らせる。
(……あの子?誰のことだ?)
ステイビルは発音器官がないため、頭の中で言葉を並べた。
それが相手に伝わるかどうかは判らなかったが、聞こえた声が幻聴とは思えないほどハッキリと伝わったため、近くに誰かがいるのだと判断し返してみせた。
「あの子って……陽菜のことよ。あんた達いっつも一緒にいるじゃない……とぼけてんじゃないわよ!」
ステイビルは、驚きと共に自分の考えが正しいと判断する。
頭の中で話す独り言は、この相手には聞こえていたのだった。
そうすればここは完全な死の世界ではないのではないかという、”希望”がスレイビルの中に生まれる。
と同時に、舌打ちのような音がステイビルに伝わってくる。
それと同時に、ステイビルの感情が落ち着いていくことが自分でもわかった。
だが、相手はそのことを面白く思っていないための舌打ちなのだろうとステイビルは考えた。
そしてその考えも相手には当然伝わっているため、この思考の内容も相手には筒抜けだと判断した。
「……ふーん。あんた面白くない程、頭が回るみたいね。それに感情のコントロールも上手みたいだし……さすがは王子様ね」
(私のこと……ごぞん)
「あー、悪い悪い。声が出せるようにしてあげるわ……っと、これでどう?」
「……ん。あーあー。話せるようにしていただいて、申し訳ありません」
「気にしないで、これであんたの考えも見えなくなるから遠慮なく話したいこと話して頂戴」
「え?」
(な、なにを言ってるんだ?)
ステイビルは、頭の中で言葉を思い浮かべる。
だが、それに対する今まで見せてきたような反応は相手からは返ってこない。
どういう原理かはわからないが、どうやら本当に考えたことは相手には伝わらなくなったようだ。
「……さて、これで話ができるわよね?それであんたに頼みたいことがあるんだけど」
「頼み事?……それよりも、貴女は私のことをご存じのようですが、まずはお名前をお伺いしても?」
ステイビルは、まず交渉に入る前に相手の存在を知るべきだと考えた。
この状況は自分が囚われたような状態であるため、こちらの言うこ戸を聞いてはもらえないだろうと、時間稼ぎのような意味も込めて名を尋ねた。
しかし相手は、そんなことはまるで気にしていないようにステイビルの質問に答えた。
「そうね……名前は言ってなかったね、あたしは小夜っていうの。ハルナの知り合いよ……知ってるでしょ?」
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