4-52 ひととき






「う……んっ……イタタタタタ」



細長い部屋の中に、縦で交互に積み重なるように二列のハンモックが五段の高さで吊るされ並んでいる。




ここは、ロースト家の自衛警備隊の詰め所。



旅の途中では寝袋や枯草の上にローブを被るだけの寝場所などもあった。

馬車で移動中は、馬車のなかで交代で横に眠らせてもらっていたこともある。


今までは背後がしっかりとした硬さの上で横になることができていたため、安定した姿勢で眠りについていた。



頭部と足元を固定されている布の上では、いい体勢が取れずに腰や肩など様々な関節が悲鳴をあげている。

高い場所でしかも不安定な場所で眠るのが苦手だったハルナは、一番下のハンモックで眠らせてもらった。




ハンモックには、壁に掛けてあるハシゴを使って上がっていく。

一番上には、こういう寝床に慣れているブンデルが使っていた。

その一段下にはサナが使っており、小さなクリアはサナと一緒に眠っていた。

ドワーフの体格が大き過ぎず、幼い少女と一緒に眠るのに丁度良い大きさだった。

ハンモックの強度もドワーフと少女の二人が乗ったとしても、問題ない重さだった。


ハルナの一段上にいるエレーナは、まだ眠りの中にいた。

いつものように横に向いて背中を丸めるように眠っている。



入り口に目を向けると、板でつくったベンチに座っているステイビルの姿が見えた。


昨晩、コージーから”日中はここから出ないように”と言づけられていたため、外に出ずに詰め所の入り口で座っていた。

きっと早く目が覚めて、他の者の眠りを妨げないように離れたのだろう。


ハンモックの上から見つめるハルナの視線に気付いたステイビルは、ベンチから腰を上げて静かにハルナに近付いてくる。




「どうだ……眠れたか?」



ステイビルは他の者を起こさないように、小さくささやくようにハルナに声を掛けた。

ハルナは寝起きの声では、上手く小さな音量に収めることだできないと判断して一つ頷いてステイビルに応えた。



一番下のハンモックとはいえ、ある程度の高さはある。

ハンモックの上で半身を起こしている状態で、立ち上がっているステイビルの目線と同じ高さの位置から話しかけていた。





「んしょ……っと」




ハルナは身体を捩らせるようにして、ハンモックの端から足を出して降りようとした。

ギリギリだが、ハルナが足を降ろしても少しだけ地面に足は届かなかい高さだった。



ハルナのスカートはハンモックの縁に引っ掛かり、何とか地面に足を届かせようと伸ばしているハルナの足は、膝よりも上の部分をさらけ出していた。



ステイビルは目の前に急に現れた、ハルナの綺麗な肉付きの良い下肢に目が釘付けになる。

もう少しで鼠径部辺りまで服装がめくれ上がろうとした時、ステイビルは自分の視線がハルナの足を見ていたことに気付いた。




「……きゃぁッ!!」




ステイビルは、ハルナの足をじっと見つめていたことに対して声をあげたと勘違いをして慌てて顔をそむける。

が、その直後ステイビルの胸の中にハルナが飛び込んできた。

ステイビルは、慌ててハルナの身体を抱き受け止めた。



降りるときにハンモックがひっくり返り、バランスを崩したハルナが目の前にいたステイビルに助けを求めて飛び込んできた結果だった。

ステイビルは腕の中に伝わる温かく柔らかいものに、全ての意識を持っていかれた。

更には少し人間の脂っぽい臭いが、ステイビルの嗅覚に捕らえられた。

飛び込んできたハルナの頭がステイビルの顔の下にあるため、ハルナの身体の熱で体臭が上に昇って来ていた。

ステイビルは、ハルナの匂いが嫌いではなかった、むしろいい匂いの部類に入っている。


腕の中の感触と温もり、それにハルナの独特の香りがステイビルの理性の箍は外れかけていた。




「イテテテて……ごめんなさい。ステイビルさん……ちょっとバランスを崩して」




ハルナはステイビルがすぐに身体を解放してくれると思っていたが、自由にさせてくれないことを不思議に思った。





「あのぉ……ステイビルさん?も、もう大丈夫ですから……」




二度目のハルナからの声に、自分の意識を取り戻したステイビルは今自分が何をしているのか瞬時に理解した。




「え!?……あぁ!す、すにゃまか……ゴホンっ、す、すまなかった!?……け、ケガはないか?」





ステイビルはハルナの身体の抱き心地の良さにおぼれて、その身体を手放すことを忘れてしまっていた。

そして取り繕うように、ハルナの身体の心配をする。





「はい……大丈夫です。ちょっと、鼻を打ったみたいですけど……すぐに治ります」





ハルナはずっとステイビル預けていた重心を、ステイビルの胸に両手を添えてそのまま身体を起こした。

それと同時に、ステイビルもハルナの身体に回していた手を解いた。




「そ、そうか。気を付けるんだぞ……」




ステイビルはそう告げると、ハルナの後ろからエレーナの隠れ見る気配を感じ取る。




「わ……私は、ちょっとコージー殿に用事が……それではまたあとでな」



「え?ちょっと……ステイビルさん?」





ハルナはコージーからここをあまり出ていかないように聞いてので、ステイビルの行動に驚いた。

だが、ステイビルはそのハルナの声を振り切るように扉を開けて外に出ていった。





(はぁ……ステイビル王子……可哀想に)




エレーナは頭の中でつぶやき、寝返りをしてまた眠るフリをした。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る