4-20 懇願






「――はぁっ?」




ハルナの口出た言葉は、その途中何も引っ掛かることがなく心から出された生じた感情がそのまま音となって表れた。




ユウタはハルナに対し、一緒に逃げようと持ち掛けた。

その言葉は、ハルナにとって何の現実味のない提案だった。




「ちょっ……ちょっと待ってください、ユウタさん!?」


「――え?」




ハルナの反応にユウタは、戸惑いを見せる。


ユウタはある時から、元の世界から来た他の人物にあった際にその二人で逃げようと決めていた。

その日を夢見て、何度も何度も頭の中でこの状況をシミュレーションし、その後の幸せな生活を頭の中で描いてきた。


だが、ユウタの計画のなかで一番の問題点は”必ず良い返事がある”という前提で進められていたことだった。

これから起こる夢のような予定は、全てその条件の元に成り立っていたのだ。




「えっと……ここは……いい返事で……そこから……恰好よく……逃げて」





ユウタは虚ろな目で、独り言をブツブツとつぶやいている。

目の前にいるハルナは、今現在ユウタの意識の中には存在していない。




「……ユウタさん!」




ハルナは、一人で違う自分の空想の世界に入り込んでいると思われたユウタを現実に引き戻した。




「あの……ユウタさん。こういうこと……言っていいかわからないですけど、どうしてこんなに変わってしまったんですか?もしかしてこの世界に来てから何かあったんですか?」





ハルナの言葉に、ユウタは一瞬身体を強張らせじっと下を見つめる。

”何かあった”と判断したハルナは、もう一度優しくユウタに問いかけた。





「この世界で何かあったのですか?良かったら話してくれませんか?」





ユウタは顔をあげて、ハルナの顔を身を見つめる。

その目は、涙が浮かび怯えた動物のような目をしていた。



ハルナはもう一度同じ言葉をユウタに掛けた。

その言葉……感情に心を動かされたのか、ユウタはゆっくりとこの世界に来た時からことを話し始めた。








この世界に来てから、自分の身体に異変がないことに気付く。

ただ、見つけていた黒服は爆風の中にいたことを物語るように、様々な場所が焼け焦げた跡が残っていた。

そこからも、あの爆破の中にいたことは間違いではないと気付いた。

ユウタが気が付いた場所は、ソイランドから少し離れた砂漠地帯の中。


何もない場所で命が助かったのは、たまたまソイランドの警備兵が砂漠地帯の訓練を行っているときに発見されたのが幸運だった。



初めは今までにない事例のため不審者として保護されたが、最終的には問題ないと判断され無事に釈放された。

しかし、行く当てのないユウタは、警備兵として働かせてほしいと願った。

この世界に来た理由……自分は何か使命を負ってこの世界に来たのかもしれないという思いがあった。



だが、その夢は無残にも現実の壁によって打ち砕かれることになる。

当時のユウタの年齢は、三十手前だった。



この世界の警備兵に入る年齢は十代の中頃から後半で入隊する。

その頃から、身体を鍛え技を磨いて行く。

今まで剣を握ったことのないユウタが、警備兵やその下の新人訓練兵にさえ敵うはずがなかった。



自信も無くし行く当てのないユウタは、何とか警備兵において欲しいと懇願し自分のできることを伝えた。

ちょうど隊の調理班に欠員がでているとのことで、本来は兵の業務とかねての役目であったが、調理専門要員として所属することを許された。



ある日、ユウタのいた部隊は魔物の襲撃を受け、この隊は解散することになった。

襲撃を受けた隊は半壊し、上層部は”これでは市民の安全を守ることはできない”と隊を解散し再編することにしたのだった。


その際、ユウタが正規の兵ではないにも関わらず隊の中にいたことを不服に思っている者が少なからずいた。

しかもその隊は、美味しい食事を受けているのも気に入らなかった。

他の隊でも専用の調理師を雇うように上申していたが、予算の関係上でその案が通ることはなかった。

ソイランドの大臣は、無駄な物には金を掛けない主義だった。


自分たちは贅沢な暮らしをしていることに対し、市民や一部の兵からは不満が出ていた。

だが、それに対してどうにかしようとしている者は当時にはいなかった。


若い頃のブロードはユウタの隊で調理班として働いていたため、この時にユウタから調理に関する技術を教わっていた。

ブロードもブロードは正規の兵であったため残ることはできたが、隊のやり方が気に食わないため兵を除隊しラヴィーネに行くことにした。




ユウタは、この世界で生きていく理由を無くし廃墟の中で弱っていたが、チェイルに助けられた。





「それ以降、助けられたお礼として料理のことを教えながらここで一緒に暮らしているんだ……」



「……それは、大変でしたね」




”自分がもしフウカと契約できなくて、あの森でエレーナと出会えなかったとしたら……”



夜になると何度もこの考えで不安に支配され、眠れない夜を過ごしてきた。

今でも度々、思い出すこともある。


ハルナが感じたその不安を、ユウタはこの世界でその身で過ごしてきた。

ユウタに対して申し訳ない気持ちが浮かんでくるが、ハルナにはどうすることもできない。


そんなハルナに対して、ユウタはもう一度お願いをする。





「ハルナさん……頼む、俺と一緒に逃げてほしい!」













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