4-6 第三者








「そんなのはどうでもいいことです……賭けの材料として選んだだけですから。そうでもしなければマーホンさんはこの賭けにも乗ってくれなかったでしょうからねぇ」




「私を負かせたい……そんな小さな理由で、私と賭けをしたというの?」



その言葉に男は下をうつむいて、我慢しきれなかった笑いが込み上げる。




「くっくっく……小さい?あなたにとっては小さい理由かもしれませんが、私にとっては大きな理由なのですよ。私は裏の世界の小さな商人、あなたはこの王国でも一、二を争う大商人。大きなものが小さなものに負ける……こんな愉快なことはないでしょう?正義か悪かで言えば、あなたが正義で私が悪。”正義が悪に負ける”、”綺麗なものが汚物に汚される”……そう、この店の床のようにね」


そう言って、男は手にした杖で床に転がる男の頭を抑えつけて汚れた顔を更に汚しながら何か思いついた様子を見せた。





「勝ち負けですか……確かに、私は全ての賭けに勝ちたいと思った。……ですが、その先に……壊したい……その気持ちがあったのでしょうな、この胸のどこかに……あぁ、そうか。私は勝ちたいのではなく、壊したかったのか!……長年この気持ちに気付くことが出来ず、モヤモヤしていました。……マーホンさん、あなたにお礼を言わなくてはなりませんね。この気持ちに気付かせてくれたことに……感謝しますよ」



男がそう言い終えると、先ほど床に倒した男に暴力を振るった男性が再び姿を見せる。



男はマーホンの前に立ちはだかり、腕を掴もうとした。

だが、マーホンは後ろに飛び跳ねその手からとっさに逃れた。




「あぁ……今日はなんていい日なんだ。賭けにも勝ち、エフェドーラ家の商業ルートも手に入れることが出来るとはな……あぁ、これで王国崩壊に向けての準備が整った」




「何ですって!あなた……まさかこの国を!?」




「言ったでしょ?壊すことが好きだって……この国はきれいに整いすぎているんです……町も、人間も、ルールも……だからこそ壊し甲斐があるってものでしょ?形あるものは、壊れて失っていく運命なのですよ」





「――きゃぁ!?」



男の話に気を取られたマーホンは、腕を掴まれ身動きが取れなくなってしまった。

いくら身体を捩らせても、力強く捕まれた腕をマーホンの力では振りほどくことはできなかった。



「結局、王選の結果も何も関係なかったんだよ。私が絶対に勝つんだからね……ククククク」





「それでは、すまんが”お前”にはこれで消えてもらうとしようか。今まで私の遊びに付き合ってくれてご苦労でしたね……ホッホッホッ!」





腕をつかむ反対の腕が、ゆっくりとマーホンの細い首元に伸びていく。

マーホンは必死に身体を捩らせて、その狙いから外そうとした。

首をつかみ損ねた男は、そのマーホンの行動にイラっとして腕を背中側にひねり上げて右の肩関節を痛めつける。

相手のことなど気にする必要がない力で、マーホンの右腱板の組織が悲鳴をあげた。


(もうダメ……)



マーホンが自分の右腕を諦めかけたその時――





「女性の扱い方が随分となっていないようね……」





その声は突然この場に現れ、男はその声の主の姿を探した。


その声の主は男の手をつかみねじり、マーホンの腕からその手を引き離して自由にさせた。




「お前は……もしかして」



その様子を見ていた奥で座っていた男の細い目が、少しだけ開きその姿を見る。




「初めまして……かしらね?ザンタックさん」




初めて名を呼ばれた男は表情は動かすことはなかったが、ピクリと身体を震わせ僅かな反応を見せた。



「ザン……タック?」



マーホンが痛んだ肩をもう片方の手で庇いながら、聞こえた名前を復唱した。




「そうです……闇の商人を営んでいる男なのです。残虐性が高く、国家の転覆を謀っている男で警備兵からもマークされていた人物ですよ……マーホンさん」





マーホンはようやく声の正体に気付いた、パレードの時にハルナの傍で見かけたことのある人物……メイヤだった。




「メイヤ様……どうしてここに?」



「いま、国内で悪い”薬”が広まっていて、その出所を探っていたらこの男に辿り着いたのです。先ほどマーホンさんんの姿もお見掛けしたのですが、まさかこんなことになっているとは。遅れて申し訳ございませんでした」



メイヤはザンダックと呼んだ男の顔をを見るが、ザンダックはじっとしたまま動かない。




「悪いけど、あなたのアジトを調べさせてもらったわ……今頃、警備兵と騎士団がアジトの中のもの全て持ち出しているところよ……今まで逃げ延びてきたあなただから、押収物からの証拠を見つけるのは難しいと思ってこうして会いに来たのよ」




「ホッホッホッ……よくあのアジトに辿り着きましたな。流石我々の仲間うちでも、”一度目を付けられると逃れられない”と言われるだけはありますな。名諜報員”メイヤ”殿」




「あら。私のことをご存じなようで、うれしいですこと……それでは大人しく捕まって頂けませんこと?」



「それとこれは話が別での……ほら、まずお主の相手はこの男がしてくれるわ!」






男は雄たけびを上げてメイヤに襲い掛かった。







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