4-5 目的






翌日、城内の業務開始の時間と同時に、城の前の掲示板に張り出された紙を見つめるマーホン。


『以下に示す者、水の大竜神の加護を受けし者とする』


そこにはステイビル、エレーナ、そしてハルナの名前の記載があったが、エルフとドワーフの男女の名なかった。

あの二人の存在は王選に協力しているが無関係であるため、名前の公表を省いたのだろうとマーホンは推測する。



思考の中にいたマーホンを引き戻すように、後ろから肩を叩く者がいた。

マーホンは慌てて振り向くと、そこには見知らぬ女が立っていた。



「……あなたは?」




その女は、何も言わず振り向いて掲示板の前に群がる人を手で押しのけて抜け出していく。




「ちょっと……!」





マーホンも慌てて女の後を追って、人の壁をかき分けて進んでいった。



掲示板に集まろうとする人の波に逆らいながら、二人は大通りを城から離れるように進んで行く。


すれ違う人もいなくなったころ、大通りの舗装された石畳の道はむき出しの地面に変わる。

その道を裏道に入り、出来たばかりの店に入っていった。

店の中は、新しい木の香りで満たされており、店の雰囲気は森をイメージした内装になっていた。





(これは繁盛するお店ね……)





マーホンは店の中の雰囲気を見回し、これまでエフェドーラ家を支えてきた商人としての勘が反応する。

がしかし、その奥に見えるできれば仕事以外では会いたくない人物がそこにいた。



――あの男だ




テーブルの前には既にお酒が並べられており、さらにはこの店に似合わないおつまみや飲み物が散乱している。

男の横には、すでに泥酔している薄汚れたこの店に到底似合わない人物もいた。





「ご苦労……」





男は嘘の笑顔で、マーホンをここまで連れて来た女性に対し礼を言う。

そして、胸元に硬貨が入った小袋を無造作に突っ込み、意味もなくかき回している。



(……っ!)



マーホンはその姿を見て、心の中で悪態をついた。

女性は何も言わず、男にされるがままになっていた。


男は無表情を装うマーホンの目の奥に不機嫌そうなものを感じ、満足げに手を抜き取る。

自由になった女性はそのまま、店の奥に姿を隠した。





「ごきげんよう、エフェドーラ様」




その言葉に、マーホンは何も返さない。

声に出すと、絶対に今の不機嫌な表情が出てしまうからだ。




――バン!!




横にいた泥酔して意識が混濁していた男が突然、テーブルの上を叩いて立ち上がりマーホンに顔を近付ける。





「おぃ……ねぇちゃんよぉ……だん那様があい……ごさつ……ック……ご挨拶さつされているのに……無視しやがって、このぉ!」






絡んでくる男の息から、安い酒と清潔にされていない口臭と飲み過ぎで胃をやられた腐った臭いがマーホンの嗅覚に襲い掛かる。

足元がおぼつかず、視線も定まらない顔つきでマーホンの顔をなめまわすように観察する。


すると座っていた男が手にした杖の先で、一度だけ”コツン”と床を鳴らした。



後ろから男が一人現れて、泥酔している男の横に立つ。




――ドッ!



低い殴打される音が、泥酔した男の身体に響き渡る。

腹を殴られた男の身体はくの字に曲がり、息ができない様子だった。




……ゴブっ、ドボボボボボボボォ




殴られた男の口から、お腹の中に入っていた物が全て吐き出された。

男は、そのまま自分の吐瀉物の上に倒れ込み意識を失った。




森の中にいるような木の匂いは一瞬にして、裏道の安い酒場の酸っぱい臭いに変わってしまった。



殴りつけた男は、倒れた男助けることもせず命令された男の後ろの立った。

臭いと綺麗なものが怪我された不快感に、マーホンは顔をゆがめる。

目の前の男は、その表情をみて満面の笑みを浮かべる。






「どうやら今日は、ご機嫌がよろしくないようですな……こんなおめでたい日なのに」



「……」





マーホンは足元に近付く吐瀉物の液体から込み上げる臭いを身体に入れたくないため、布で鼻と口を塞いだ。

もちろん、表情を男に隠す意味も含めて。






「さて、マーホンさんはすでに掲示板はご覧に慣れましたな?」


「えぇ……この勝負、私の勝ちのようですね」






マーホンは口元を布で抑えたまま、こもった声で言葉を返す。






「ホッホッホッ……面白いことをおっしゃいますな……マーホンさんは。知っておりますよ、ハルナさんは本当は加護をうけていないのでしょ?」



「そんなこと……あるわけ」





その言葉に動揺も見せず、怪しまれないようなタイミングで男の言葉を否定しようとしたが、またしても男の発言に制された。





「最初にお聞きになられましたよね?私は初めから勝てる賭けしかしないのですよ」



「何を根拠に……あの様に掲示板にも王家が加護を受けたことを認めている」



「王が……自分の息子のために嘘をついているとしたら?そんな噂が町に流れたら……どうなるでしょうね」



「何が……目的?」



「目的……ですか?賭け事に勝つことですよ」



「王国との取引のルート……よりもか?」




「そんなことはどうでもいいことです……賭けの材料として選んだだけですから。そうでもしなければマーホンさんはこの賭けにも乗ってこなかったでしょうからねぇ」








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