2-120 持つ者の意思





「ステイビル様、大丈夫ですか?」



「あぁ、それよりその剣は大丈夫なのか?」





ステイビルは、先ほどの攻撃で自分の剣が溶けてしまったことを思い出して確認する。






「はい、大丈夫です。やはりこの剣は、特別な力を持っていたようです」



「その話は後で聞くとして、まずは”あの男”を何とかしないとな。エレーナ!殺さずに、動きを止めてくれないか?」






エレーナはステイビルに言われた通り、ボーキンの腕を水の輪で縛る。

ボーキンは動きを奪われ、何とか外そうともがく。

そこで、足元も縛りバランスが取れなくなったボーキンは前のめりに受け身もとれずに倒れこんだ。



低いうねり声をあげて必死に抵抗する、理性のないボーキン。

ステイビルはうつぶせでもがくボーキンの身体を、足先で蹴り仰向けの状態に変えた。





「ハルナ、あの精霊の光でこれを浄化できないか?」



「はい、やってみます。フーちゃん!」



「はーい!」






フウカの小さな掌から優しい光が発せられ、ボーキンの身体に降りそそぐ。

漏れていた唸り声も徐々に静かになっていき、眠ったように気を失った。






「……これで、ひとまずは安心だな。それで、その剣はどういう力を持っていたのだ?」






ステイビルはフウカがボーキンに光を当てている姿を横に、途中で参戦したシュクルスに告げた。





「この剣は黒い物を消す力が備わっているようです」



「……うむ、それで?」





そこまでは、フェルノールとのやり取りにおいて聞いていため、特に目新しい情報ではなかった。

ステイビルは、意地悪くそれ以上の情報を引き出してみた。






「はい。そして、剣を傍に置いておいてもその効力を発揮するようです。コボルトの長の傍に隠しておいた際に、長の身体を浸食していた黒い範囲が明らかに減少していました」



「なに、本当かそれは?」



『……本当だとも、人間よ。私がこの目ではっきりと見たのだ、間違いではない』



「遅くなりました、ステイビル兄。私も確認しましたので、間違いありません」



「コボルトさん、キャスメル王子!」






次々に人が集まる様子を見て、ニーナが喜ぶ。

皆が無事であったことが、嬉しかったようだ。



遅れてルーシーとソルベティも到着し、無事であることを報告した。





『できれば、もう少しそのままにしておいて欲しかったのだが、何やらひっ迫した状況との連絡があったので様子を見に来たら……』



「すまない、コボルトの長よ。だが、この剣を狙っているのがもう一人いたからな……今は、こうして意識は無いようだが。また一段落したならば、その剣を持たせよう」




「勝手なことを言うな、ステイビル!その剣は、我らの国宝だぞ!?」







カステオは腕の中にフェルノールを抱えたまま、ステイビルに向かて抗議する。


その言葉に、反応したのはコボルトだった。






『西の国の者よ、だがその剣はこのシュクルスを主して認めているようだぞ。剣もずっと待っていたのだ、主が来ることを。剣の意思を人間の都合で無視をし、必要とされるその力を発揮させずにただ飾っておくだけにするというのか?』





カステオは、コボルトの言葉に言い返すことができなかった。


頭の中では、分かっていた。

大竜神の加護を受けた剣が、意思を持つことに驚きはしない。そんな特別な剣なら、それくらいの不思議は当然だろう。


だが、その認められた所有者が自分でないこと。さらに言えば、自国の国のものでない者が認められてしまった。

その事実を認めたくないという感情が、胸の中にある真実を隠してしまおうとしている。




その揺らぐ気持ちを察し、フェルノールが支えてくれているカステオの顔を見上げて告げる。






「カステオ……あなたも本当は判っているんでしょ?変わりたかった自分なら、どういう決断をするべきかもう分かっているはずよ」



「フェルノール……お前」



「もう、お遊びはお終い。あなたはもう、十分変わる糸口は掴んでいるはずよ。ステイビルに負けた時から、あなたがずっと悩んでいた”間違った強さ”は、今はもう壊れて消えているはず」






苦しそうな表情で告げるフェルノールの言葉に、カステオはおとなしく耳を傾けている。






「……シュクルスよ。その剣を当分の間、貸しておいてやる。その剣には、重要な役目があるようなのだからな。ただし、壊したり無くしたりするんじゃないぞ!?」





まだ、踏ん切りがつかないようなカステオの言い方に、フェルノールは少し微笑んだ。






「有難うございます、カステオ様。決して無くしたり、壊したりしません!……たぶんですけど」






それに対して、情けない言葉で返すシュクルスだった。

ソルベティは顔を真っ赤にし、怒って後できつく叱るつもりだ。







「でも……この剣のこと、よくわかっていないんです。この前もまぐれで、一度だけ黒い物を自分の意思で消すことができたのですが。あれ以来仕えたことがないんです……もし使い方とか分れば、教えて頂けませんか?」






フェルノールはゆっくりと身体を起こし、シュクルスに近くに寄るように言う。






「その剣はね……もう知っている通り、剣に意思があるの。そして、持つ者の意思も感じ取っているのよ。だから……!?」



「フェルノール!?」






フェルノールの意識が薄れ、一瞬黒い霧がフェルノールの身体を覆い掛けた。

その霧は、ボーキンをあのようにしたものと同じもので、一同は一瞬危険を感じた。





「ごめんなさい……だから、あなたが何を切りたいか強く思うことが大切なの」



「何を……切りたいか?」






シュクルスは手の中にある剣を見つめ、同じ言葉を繰り返した。


フェルノールはまた、抱えられた身体を起こしシュクルスに告げる。






「……だから、まず私を消して欲しいの」








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