2-118 ボーキンの崩壊
セイムは焦った。
剣の加護がどのようなものか知らなかった。
それにもしかしてビルオーネはその剣に認められた可能性も否定できない。
ビルオーネは剣を横に振り払う。セイムはバックスステップでそれを避けた。
そして後ろに貯めた足の力で、前に飛び出し剣を寝かせてビルオーネの心臓を狙う。
キーン!
流石はビルオーネも王宮警備兵の隊長を務める実力だけあって、横に寝かせた細い剣先を剣の刃腹で受け止める。
その実力は並大抵のものではない。
「なぜ、それだけの実力がありながら!」
「私はね、確実に人生を歩みたいのだよ、確実にね」
そう言い終えると、ビルオーネの口角があがっていく。
――ドン
それと同時に、セイムの背中に鋭い痛みが走った。
振り返らなくても分かった。先ほどのブーメランが刺さったのだろう。
最初に横に振りぬいたと同時にブーメランを投げていたのだ。
――ゴフゥッ
セイムの口から血が零れる。
剣先を押す力が抜けていき、セイムは片膝を付いた。
――ガシャ
手にした剣を落とし、必死に身体を支える。
顔を上げると勝ち誇ったビルオーネのいやらしい笑い顔が見える。
「お前は、旅の途中魔物に襲われた。助けに来た俺が、剣を無事に取り換えしたことにしておく。安心して死ね」
ビルオーネは剣を上段ん構える。
セイムは悔しかったが、最後に言葉を口にする。
「お父様、お母様……ごめんなさい」
セイムの意識は、そこで途切れた。
「というわけなのだ。私の力不足であり、大変すまないと思っている」
「……そんなことは、どうでもいい」
「――?」
「そんなことはもう、どうでもいいぃぃわぁあぁああ!?」
ボーキンは、ニーナを突き飛ばし床を短剣の柄で何度も叩きつけている。
「もう、セイムは帰ってはこない……戻ってはこないのだ!誰のせいでこんなことに、こんなことにぃいぃいいぃい!!!!」
ボーキンの変わり果てた姿に、一同は身構える。
黒い霧が、ボーキンの身体を包み始めた。
「……ようやくね。随分と抵抗したみたいだったけど、先っきの真実を聞いて精神が崩壊したのかしらね」
「――誰?」
エレーナは、ボーキンの背後から出てきたように見えたその人物に問いただした。
「あら、そこにいるのは妹のフェルノールじゃないの?こんなところで何をしているのかしら?」
その人物は、エレーナの言葉を無視をして知っている人物に話しかける。
「あなたこそ、こんなところで何をしているのかしら?ヴァスティーユ姉さん……」
ハルナたちは、その名前に聞き覚えがあった。
二人は顔を見合わせて、頷き合う。
「もしかして……」
「あんたたちね、うちの妹がモイスティアでお世話になったらしいわね」
「あら、このお二人がそうなのね?」
ヴァスティーユと呼ばれた人物の言葉に対して、フェルノールが確認した。
「フェルノール殿、どういう事情か説明してもらえるか?」
ステイビルが、事情を知っていそうなフェルノールに問いかけた。
「あなたの国で魔物の襲撃によって、町が一つ破壊されたのはご存知?」
「あぁ、水の町で騒ぎの件か?弟のキャスメルからこの二人が、解決してくれたと聞いたが……」
「その襲った張本人、ヴェスティーユの姉よ」
「――ヴェスティーユ!?」
その名前を聞いて驚いたのは、エレーナだった。
こんなところで、そんな名前が出てくるとは思ってもみなかった。
エレーナたちでは歯が立たず、結局はラファエルの力によって解決したあの事件。
姉というには、ヴェスティーユよりも強い可能性が十分にある。
「その……ヴェスティーユの姉とやらは、何故こんなところにいるのだ?」
「いい加減に、名前で呼んでもらえない?……っとにもう。私だってねぇ、遊びに来てるんじゃないんだよねっ!?」
「その仕事について、教えてくれないか?ヴァスティーユ」
子供っぽい幼稚な態度に呆れるステイビルは、呆れて聞き返した。
「そこのおじさんに呼ばれたから、手を貸しただけなんだからね」
「……それだけじゃないでしょ?」
「ちぇっ。内情を知っている奴がいると、やり辛いったらなわいね。……そうよ、”入れ物”探しも兼ねてよ」
「なんなの?”入れ物”って??」
エレーナはその答えに悪い予感を感じているが、確認せずにはいられなかった。
「そこのお兄さんは、見たことあるんじゃない?」
ヴァスティーユは、ステイビルに向かって問いかける。
「私が見たことある……だと?まさか、従者のアレか?」
ヴァスティーユは、にっこりと笑ってみせる。
「あれは、そこのボーキンさんに用意してもらったの。だけど、ある程度育っていると私の力では定着が甘いのよねー」
「なるほど……では、その姿も誰かから奪ったものなのか?」
今まで、流れを黙って聞いていたカステオが口を開く。
「どうせ、そこのフェルノールから聞いているんでしょ?……ま、いいわ。この入れ物は”母様”が用意してくれたものなのよ。だからとっても馴染んで使いやすいのよ」
「だ……誰?”母様”って誰のことなの!?」
エレーナがヴァスティーユに問い掛けたが、肩をすくめたポーズをとった。
「ちょっとちょっと!?あたしが優しいからって、何でも答えると思ってるの?あなたたちの質問攻めにも、いい加減で飽きてきたんだけど……っていうか、そろそろボーキンが危ないわよ」
「ウグルルルゥゥゥ……」
蹲ったボーキンから、人の声だが人が発することのない唸りをあげる。
「ボーキンさん!?」
ニーナの必死の呼びかけも、すでにボーキンの意識には届いていなかった。
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