2-114 ボーキンの息子
「あぁ、そうだ……よく気付いたものだ、東の国の王子よ。フェルノールに全て押し付けようとしたが、どうやら欺くことができなったようで残念だ」
ニーナはボーキンに後ろから首元に短剣を突き付けられているが、そんな状況にも恐れる様子もなく、ただ自分の周りに起きていることを受け入れていた。
「どうしてここまでたどり着けた?」
「素直に、カステオに聞いてみたのさ。”お前がやったのか”……とね」
「なんと……王選を利用して敵対関係を作り相手から情報を得られない様にしていたつもりだったが」
「確かに最初の頃は事情もこの国の勝手も判らなかったから様子を見させてもらっていたが、いろんな場面で情報の入り方が不自然な気がしてな……それに私は自分で調べないと気が済まないのだ」
そう言ってステイビルは、ルーシーやクリエたちがどこに行ったかエレーナに聞いた。
「他の方々は、剣の隠し場所がバレてしまったためにその対処に行っております。あとマギーさんも狙われているので、そちらにも人の配置を」
エレーナはそれぞれの状況を記録するため、ソフィーナとメイヤを別々に分けて行かせたという。
「コボルドなどに、あの剣を預けるとは。よほど信頼しておるのだな」
「あなたのことも、信用していたのですがね……ボーキンさん」
エレーナが、今では敵と認識したボーキンに対して返す。
言い終えると同時に、エレーナの周りに水の礫が数個浮かび上がりボーキンに対して狙いを定めている。
「なぜ……なぜこんなことするのですか?ニーナさんとこの国を……良くしていこうと思っていたのではないですか!?」
ハルナは、悲しそうな声でボーキンに告げる。
「どうしたのだ、ボーキン殿。何があった?それとも、それより以前からなのか?」
そのステイビルの問いに対して、ボーキンは下唇を噛み締めながら何かに迷っていた。
そして、ゆっくりと重い口を開き始めた。
「そうですな。これはニーナ様にも知っておいて頂いた方が良いでしょうな。あなたのお兄様である王子がどのような酷いことをしたのかを……」
いまより二十数年前、ボーキンには”セイム”という息子がいた。しかし、その子は本当に血のつながりを持つ息子ではなかった。
ボーキンとスィレンは一緒になって以降、ずっと子宝に恵まれずにいた。
そして当時流行っていた病により、スィレンはとうとう子供ができない身体になってしまった。
二人は失意の日々を過ごす中、転機が訪れる。
ある命令で、森の中の行方不明者を捜索中、山賊に襲われてた目標となる商人たちを発見した。
襲撃されて数日が経過し、馬車の荷台は強奪され尽くされており、生存者も皆無だと思われていた。
「……うわぁ、酷いなこれは」
馬車の中で、一番立派な馬車があった。
車輪も扉も壊され、乗っていた者は身ぐるみ剥がされた状態だった。
「――?」
その中で女性が座席に倒れこんでいる姿が、何かを庇おうとしているように見えた。
ボーキンは、ゆっくりとその身体を避けて座席から移動させた。
座席を調べると、座椅子部分が横に移動させることができた。
その中に、小さな乳児の姿が見えた。
毛布などで優しく包まれている小さな人間を、ボーキンはグローブを外して優しく抱き抱える。
「!?」
ボーキンの手には温かい体温が伝わってくる。
顔に頬を近づけると、かすかに呼吸による空気を感じた。
「おい!医療班、すぐに来てくれ!」
医療兵を呼び、生存者として至急保護するように命じた。
乳児を手渡した後もボーキンの手の中には、あの温もりと重さの余韻がいつまでも残っていた。
数日後、救助した赤子の様子を見に行った。
風前の灯だった命が、今ではすっかり健康な状態に戻っていた。
「つい先程まで、大泣きしていたんですけどね……ボーキン様がいらっしゃると、泣き止んでしまいました」
「そ……そうなのか?」
看護兵の女性はニコっと笑い、少し赤子の様子を見ていて欲しいとボーキンに頼んだ。
「おい、ちょっと待て!?」
引き留めるも他の仕事があるとのことで、この場を預けられた。
赤子は微笑むこともなく、まだ濡れている真っ赤な目でボーキンの顔を眺めている。
ボーキンも赤子の顔を見るが、どんな顔をしていいのか判らなかった。
赤子の視線に根負けし、ボーキンは人差し指を差し出すと赤子はキュッとその指を握った。
その掴まれた指の先からは、またあの温もりが伝わってくる。
ボーキンは赤子をまた看護兵に預けて本部に戻り、あの子の身元を調べさせた。
その結果、あの赤子の一族はあの場で全て全滅させられていた。
「あんな幼い子が……この世でたった一人とは……」
ボーキンは衝動的に法務室と戸籍管理室に行き、養子縁組の手続きを取った。
その際、同じ警備兵のゴーフからは”一時的な感情に流されない方がいい”とも忠告を受けたが、ボーキンは大丈夫と言ってゴーフの話しを受け流した。
そして手続きも問題なく終えて、赤子も退院の日を迎える。緊張した表情で、ボーキンとスィレンは赤子を目の前にした。
「今日から、お前は家族の一員だ。”セイム”よ……」
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