2-67 西の国の宿







『私は、この辺りで待つことにしよう。出なければ、人間どもが騒ぐことになるだろうからな……』



コボルドは、そういって一つ鈴をクリエに手渡した。

その鈴は中に”玉”が入っていなかった。



不思議に思うクリエは、素直にコボルドに聞いてみた。




「あのぉ……これは?」




『我々にしか聞こえない音色で鳴る鈴だ。代々コボルドの長に受け継がれているものだ。不思議なことにその音色は我らしか聞こえないらしい。しかも、どこにいてもある程度の距離なら聞こえてくる。……何かあったら鳴らすがいい、すぐに駆け付けよう』




「ありがとうございます!」




クリエは半信半疑で、その鈴を振ってみる。

が、何も音がしない……







『大丈夫、聞こえるから……』



「――あ」



試しに振ってみたのがバレて、クリエの耳が真っ赤になる。




「クリエ様。そろそろ、宿場をさがしませんと日が落ちてしまいます」




「そ、そうですね……そろそろ行きましょう、ハルナさん!」




「え?……あ、はい!」





カルディの言葉に、照れが一瞬にして吹き飛んだ。

急に振られたハルナも、対応が追い付いていない。

ハルナの身体には、その位疲労が溜まっていたのだ。




(とにかく今は休みたい……)




ハルナは心から、そう思った。





すっかり日が落ちて足元も見えなくなってきていた頃に、宿場の明るい光が見えていた。

ふもとからゆっくりとしたペースで歩き始め、三十分もしたところで、ハルナたちは東側にもあった宿に到着することができた。




宿の入り口は、日本風になっており暖簾がかかっている。


カルディは、その布を手でかき分けて宿の中に入っていった。




「すみません、今晩泊まりたいのですが部屋は空いていますか?」




カルディが中に入り、誰もいない店中に向かって声を掛けた。



カウンターの横の入り口の先からは、人がいる音が聞こえる。

すると、その入り口から一人のエプロン姿の老婆が現れた。





「いらっしゃい、何人だい?」




「急ですみません……四名なんですけどぉ」





カルディに続く、クリエが答えた。




老婆はカウンターに行き、大きな予約台帳の紙をめくる。




「……今だと、一部屋しか空いてないね。四人が寝れないわけじゃないけど、二人は床に寝ることになるよ。それでもいいかい?」



ハルナたちは顔を見合わせて、問題ないことを確認し合った。

その結果を、老婆に告げる。






「……そうかい。それなら、一晩一人銀貨五枚だね。四人で銀貨二十枚……前払いだよ」



カルディが代表して、代金を渡す。




「……十七、十八、十九、二十っと、確かに。部屋は、そこの階段を上がったところの目の前の部屋さ。カギはかからないからね。食事はこの奥で食べることが出来るが、別料金だからね。外で食べてもいいし、持っているものを食べてもいい。好きにするがいいさ……それと」




説明を聞きながら、二階に進んでいたが老婆の最後の言葉に足を止める。




「……あんたたち山を越えてきたんだろ?魔物の臭いがプンプンするよ。まずは風呂にでもはいって、その臭いを落とすんだね」





そういうと、老婆はまた食堂の方へ戻っていった。

どうやら、一人でこの店を切り盛りしているようだった。



ハルナとしては、先ほどの魔物の臭いがとても気になる。




(どんな臭いなのよ、一体!?)




階段を上がりながら、ゆっくりと自分の周りの空気を鼻で吸い込むが、この宿屋の木と埃の匂いしか感じなかった。

いっそのこと、身近なソフィーネに聞いてみることにした。





「ねぇ……ソフィーネさん……」



「やはりお気付きになられたのですね……とりあえず、部屋に入りましょう。その後で、対策を」



「は、はい……」





貝階段を上り、四人はドアの前に立つ。

念のため、周囲を確認してから、カルディが部屋のドアを開ける。



半身を部屋のなかにいれ、中の状況を確認する。

何もないことを確認し、クリエたち中に入るように指示する。



部屋は既に暗く、備え付けのオイルランプに明かりを灯してく。

これで、お互いの顔が見えるようになった。





ハルナはベッドの上に座りかけたが、先程の臭いが気になり椅子の上に腰を下ろした。

その隣に、クリエが寄ってきて座る。



落ち着いたところで、早速ソフィーネがハルナに話しの続きを持ち掛ける。



「ハルナ様、先程のお話しの件ですが……」




(相当、臭うんだな……こりゃ)




ハルナは、鼻をピクッと動かして自分の体臭を確認する。





「既にお気付きの通り、この店の者……かなりの熟練者である可能性があります。油断なさらないよう、他の方もお気をつけください」



「……やはり、ソフィーネ様もそう思われましたか?この微かなコボルド殿の香りを嗅ぎ分けるとは……ただ者ではないと睨んでおりました



「ほぇ……なんでそんなことがわかるんですかぁ!?やっぱりハルナさんも、すごい方なんですねぇ!!」






クリエは、ハルナのことをキラキラとした尊敬のまなざしで見つめる。

ハルナはその視線に困惑するが、自分の臭いのせいでないとわかってホッとした。

気持ちが落ち着くと、意識の上に上がってくるのは空腹感だった。





「とりあえず、お風呂に入って汗を流して下で食事にしませんか?」





ハルナは、新しく提案する。


するとカルディは一瞬驚きの表情を見せ、納得する。





「なるほど……避けてばかりではなく、相手のところに飛び込んで情報を探るというわけですか……流石です、ハルナ様」





何がどう勘違いされたのか分からないくらいに、キョトンとするハルナ。





「では、そうと決まれば早速行動に移しましょうか?」








そうハルナをフォローをしつつ、ソフィーネは事態を進めることにした。







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