2-61 コボルド討伐9
数年前、まだこのルートは人間の往来がなかった頃……
コボルドの三姉弟は、生活の拠点としてこの辺りを縄張りとしていた。
親はいつの間にかいなくなっていた。
だから三姉弟は協力し合って、必死で生き延びていた。
それを手助けしていたのは、精霊の力だった。
森の恵みは、飢えた空腹を満たしてくれる。
生い茂る草木は、自分たちを外敵から守ってくれる。
雨は渇きを潤し、凍えるような冬の寒さは生きる厳しさを教え、火は足元を照らして行き先を教えてくれた。
三匹はこうして、自然に感謝しながら森の中で暮らしていた。
ある日、今まで見たことのない現象が起きた。
三匹が同時に同じ夢を見る。
その夢の中で、大きな光が三姉弟に話しかけてきた。
『あなたち三匹の中で、二匹だけ協力してあげましょう。ただし、精霊の力を手にした場合は、今までと同じようには暮らせなくなりますが……どうしますか?』
『はい!私に力を与えてください!』
手を挙げたのは一番上の姉だった。
下の弟たちを守るのは自分だと、いつも気にしていたがその実力がないことを不安に思っていた。
(ここで精霊の力を手に入れれば……)
迷うことなく、その申し出を受けた。
『わかりました……あともう一つは、どうします?』
弟二匹は目を合わせる。
だが、ここは年上がしたの兄弟を助けなければならない。
『はい!私にも力を与えてください!』
そういうと、二匹は光から一歩前に出てくるように指示される。
『では、あなたには水を、あなたには火の力を与えます。協力して生きていきなさい……』
そういうと光は姿を消し、三匹は夢から覚めた。
こうして特殊能力を身に着けたコボルドは、付近に住むコボルドから頼られる存在となっていた。
”自然に認められてた者たち”と。
だが、三姉弟は集団をつくることはしなかった。
それぞれが自由に暮らし、自分たちで判断して生きていく。
それが自然の中で生きていく者の役割であると知っていた。
ある日、一人の傷を負った兵士がこの森に迷い込んだ。
その兵士は、道に迷ってしまったと言っていた。
しかし今思えば、その姿はボロボロでどこからか逃げてきた様相だったという。
三姉弟は今にも死にそうな兵士に、食べ物や水を差し出した。
水は、一番上のコボルドが精霊の力で与えていた。
次第にその兵士の体力は回復し、山の中も歩けるようになっていた。
兵士に頼まれて、コボルドの兄弟は山を東の町のふもとまで降りる道を教えてあげた。
何度か、その兵士はその後もコボルドたちに会いに来た。
町のことや人間の生活の話しを聞かせるお礼として、森の情報を兵士に与えていた。
生き物の生息分布や通れそうな道や、人が休憩できそうな広い場所など。
その友好関係は、一方的に終わりを迎えることになる。
森の中を大勢の人間が入り、木や草をなぎ倒し人が通れる道を作っていた。
その途中に、他のコボルドの集落もあったが、人間は邪魔する生物は問答無用に討伐対象として攻撃していった。
中には逃げ惑うコボルドに狩りを楽しむかのように、意味のない殺戮も繰り返し行われていた。
『た……助けてくれ!?人間が襲ってきた。お前たちは人間と仲良くしてたじゃないか、無駄な殺戮をやめるように説得してくれ!』
三匹のコボルドの兄弟の巣に、血だらけになって逃げてきたコボルトが告げる。
『な……何ですって!?』
一番上のコボルドが、巣から出て状況を確認しにいった。
残りの二匹もその後を追って、巣を飛び出した。
到着すると、先日子供が生まれ周囲のコボルドで祝った集団の巣を人間が襲い掛かっている。
だが、兄弟が駆け付けた時には……既に遅かった。
『なぜあなた達はこんなことをするのですか!?やめてください!やめてください!』
コボルドは、必死に人間の前で訴える。
その集団の中に、見覚えのある人物を見かけた。
――あの兵士だ
コボルドは、見覚えのある人間に近寄ろうとする。
が、人間は気味の悪い笑顔で襲い掛かり、行く手を拒んでくる。
『邪魔しないで!』
コボルドは、水を出しその水圧で襲い掛かる人間を次々と突き飛ばしていく。
ようやく兵士の前にたどり着くことができた。
『な……なぜ、こんなことをするのですか?他の人間の方にも、やめるように言ってください』
――ドスッ
『え?』
説得していたコボルドの胸に、一本の剣が突き抜けている。
口からは血が漏れていた。
「いろいろ教えてくれて、ありがとよ。これから俺はお前たちから教えてもらったこの森の道を使って一儲けするのさ!」
この道は山脈を超える現時点での最短ルートで、今までにない程の時間の節約になる。
そのため、多少値段を吹っ掛けても商人たちにすれば利益は十分にでるのだった。
そういった大きな商人たちに雇われることによって、楽な暮らしができると踏んだ。
出現する生き物の情報も、西の警備兵を逃げ出した自分の腕でも十分に倒すことのできるレベルだった。
しかも、あらかじめ対策をしておけば、ほぼ危険にさらされることはない。
「ほんと……感謝してるぜ。ありがとよ!」
そういうと、兵士は剣をそのまま横に払う。
コボルドは何か言おうとするが、口から血の泡が噴き出て言葉にならない。
パクパクと動かす口は次第に、その動きが止まる。
「さぁ、どんどん進めて行こうぜ!終わったら西の町で、俺のおごりで開通祝いだ!!」
兵士はコボルドの血の付いた剣を掲げて、作業員たちの士気を鼓舞する。
しかし、その兵士は二度と町に戻ることはできなかった。
兵士の姿が突然、炎に包まれ熱さを感じる時間もなく絶命する。
――!?
その様子を見た、周りの人々は恐怖に怯え手にした道具をその場に投げ出して逃げ出そうとする。
しかし、四方八方で火柱があがっていく。
逃げ惑う人々は、どこから襲ってくるか分からない恐怖と、いつ自分があのようになるかの不安で正気を失っていた。
だが、自分を包む炎が見えたと同時にその恐怖は消えていく。
そして、最後の火柱があがるとそこには黒い塊しか見えなくなった。
『お姉ちゃん……』
三姉弟の一番下のコボルドが、涙声で呼ぶ。
『許さん……絶対に許さんぞ』
一帯の人間を燃やし尽くしたコボルドは、強く口を噛みしめて誓う。
”この道を通る人間は、誰一人生かしてはおかない……”と。
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