第26話 荷止め・足止めしてくれて助かったの事。
今川義元が手に持っていた扇子を藤林長門守の額に目掛けて投げつけた。
長門守は避けずにそのまま受けるしかなかった。
「この役立たずが!」
「申し訳ございません」
「
「判っております。服部家にも見張りを張り付かせておけ」
「はぁ」
服部家も伊賀の出身ですから、見張りを付けても意味がありません。
つまり、今川が怒っているという意志表示に過ぎません。
長門守は良い話と悪い話の二つを持ってきました。
良い話は信長がいなくなる事です。
来月の中旬、信長が那古野の収穫を終えた後に家臣一同に労いの言葉を述べて、方策を決めてから南海へ旅立つ日が決まったのです。
「織田の小倅が旅立ったのを確認した後に動員を掛けて、来月末か、10月初旬という所ですな」
「やっと算段がつきますわ」
「これで動かぬなら、もう当てにするのは止しましょう」
「まったくだ」
信友、信安がどう結論付けようと決行日は決まりました。
いずれにしろ、三国で尾張を分割すると恫喝するだけです。
三者三様でありますが、今川・斉藤・北畠は信友と信安を見限っています。
「なぁ、師匠。尾張と三河の国境は那古野の西の土岐川であったな」
「左様でございます」
勝幡城を含む津島は長島領、熱田を含む知多半島は伊勢の国、岩倉城付近まで美濃の国境も下がっています。
随分とこぢんまりした尾張の国になりそうです。
これが良い話です。
扇子を投げるほど怒ったのは、不破の離反の話です。
この不破は交通の要所、牛屋(大垣)に近い事を除くと大した問題ではありません。
その不破の離反が起こった直後に、風呂敷を両側で縛った『ドラ焼き』が織田から帰蝶に送られてきたのです。利政(後の道三)はすぐに岩村遠山景任を稲葉山に呼び出します。
しかし、景任は突然に病気と言って登城を拒否し、家老を代理に送りました。
表立っていませんが、岩村の離反が明らかとなり、東美濃から尾張に攻める事ができなくなったのです。
「易々と東美濃に離反されるとは、山城殿は何をやっておるのか!」
その手筈を付けたのが、三河の服部家の者と言うのです。
三河松平が織田に寝返ったという噂が流れているそうです。
(三河の坊主が騒いているだけで、織田は何も知りません)
否、それが織田の罠でしょう。
(だから、織田は知らないって!)
「坊、こちらから使者を立てた方が良いでしょう」
「そないします。岡崎の次郎三郎に疑う余地なしとでも送っておきましょう」
嫌疑が掛かっている岡崎に駿河に来いと言えば、殺されると思って寝返りかねない。
利政(後の道三)は景任を呼び出して下手を打った訳です。
同じ轍を踏むつもりはありません。
「流石、器用の仁、こちらが整った所できっちりと嫌がらせをしてきますな」
「つまり、向こうも余裕があらへんと言っているのと同じですわ」
「その通り。勝敗は五分と五分」
「わてとしては、勝つ戦しかしとうないなぁ」
「何か、策でも?」
「あらへんな! 公方を使って逆賊の追討令でも出せれば、六角も動かざるを得んのやけどな」
「六角経由で献上品を貰って喜んでいますから無理でしょう」
甲斐の武田を東美濃に向わせたいですが、そんな余力はありません。
否、余力があれば、今川と織田の勝敗によっては駿河に攻めてくるかもしれないので、余力がない事がありがたいのです。
北条とも婚儀を整えたので、後顧の憂いもありません。
全軍、3万人で三河に入る事ができます。
三河を含めると総勢5万人の大軍です。
(あくまで動員数、兵士の数は半分です)
北条から兵糧を買い漁っていますが大量の米を買うのは難しく長期戦は無理です。
そもそも西国からの米は織田が買い占めていますから回ってきません。
長期戦は無理、もし、長期戦になれば腹を減らした兵が続出します。
全軍崩壊などになれば、遠江はおろか、駿河まで攻め込まれかねません。
ゆえに、
難しい戦です。
「
「誰か、
「坊は無茶を言う」
戦略的には内紛を起こし、3カ国連合で織田を包囲する。
詰んでいるハズなのに!
雪斎の見立ては五分五分と言っています。
こんな戦は義元も想定外なのです。
◇◇◇
3カ国が荷止め、足止めをされて織田は困っているかと言えば、然に非ず、助かっていました。
人が増えるペースが早すぎて困っていました。
迎える方も段取りと言うものがあります。
一時的でも来なくなって一息です。
那古野に勤めているみなさん、久しぶりに家に帰る事ができるようになりました。
日々、数字が変動しない事に感動しています。
今川義元さん、ありがとう。
◇◇◇
みなさん、作業工程って言葉を知っていますか?
立つ場所もない海水浴場では泳げません。
人が多ければ作業が進む訳ではないのです。
また、ある場所を早く終わらせても、次の準備ができていないと次に進められません。
工事が止まってしまうのです。
巨大な運河作りなので人が余ると言う事はないのですが、完成した運河が繋がっていなかったら話になりません。
人が多すぎるので、それぞれを区画に割って作業を並行して続けているのです。
同時に何か所もです。
何が足りないと言えば、作業を指示する人です。
つまり、兵は居ても将がいない。
現代の言葉で言えば、現場監督が圧倒的に足りないのです。
人夫に仕事を宛がう普請方、日々増える人夫をどう使うのかで頭を悩ませます。
その日に使う土砂や材木、その他の工具の調達、食事の段取りと日々計画書が更新されてゆきます。
熱田や津島の商人から算学、交渉のできる者を臨時で雇ってもまだ足りないという状況です。
また、人夫の窓口の出仕検方、こちらも大忙しです。
忙し過ぎて、身元調査をする暇もありません。
生駒家などの斡旋状がある方は、フリーパスです。
当初、食事などを振る舞って様子を見ながら怪しい者を排除する予定でしたが、面接するだけで1日が終わります。
徹夜で人足帳を作って、普請方に渡しているので責める事もできません。
連日徹夜って、ブラック企業ですよ。
さらに治安を守る警邏方も人手不足です。
平手のじいさんの息子の
警邏と喧嘩の仲裁で1日が終わっています。
捜査とか、不審者の見張りまで手が回っていません。
尾張で働きたいと言えば、関所はフリーパスです。
そう、尾張には出入り自由です。
不審な輩はごまんといる訳です。
そこを突いて今川とか、今川とか、今川とか、色々とやってくれています。
潜入に暗殺、放火に破壊工作、布教に扇動、水瓶に毒等々です。
伊賀の者は人夫の中に潜入と潜伏を担当して不審者を監視し、甲賀は商人や行商などに扮して調査と連絡を繋ぎ、柳生・飯母呂・鉢屋は怪しい者を始末で対応します。
日が暮れると、違う得物を手に取った三者が町を歩きだし、パラパー、パパパパァ~、パラパー!
『必殺か!』
伊賀、甲賀、柳生、飯母呂、鉢屋のみなさんありがとう。
ともかく、織田は『七大不思議』のお蔭で回っています。
・気が付くと足りている土砂と木材。
・消費してもいつの間にか補充されている食糧庫。
・炭焼き場が足りないのに足りる炭と薪。
・村ができると湧いてくる湧水の井戸。
・村の周辺に生まれる様々の店屋。
・町の治安を隠れて守る遊び人の金さんズ。
・疲れて寝ていると小人さんが仕事を終わられてくる仕事場。
那古野に勤めている方々は客間の一角で昼まで寝ている珍客に一礼してから仕事をはじめています。
なんか、私一人が感謝されているみたいで悪いね!
「ねぇ、千代女ちゃん。来た人をその日の内に作業場に送るのは無理があるんじゃない」
「あるわね。ベテランと素人が一緒の作業効率が悪いと思うわ」
「だよね。尾張に来た人は一時、一箇所に集めて、作業訓練してから現場に出した方がいいと思うのよ」
「でも、誰が教えるの?」
「作業のベテランを小頭に昇進させて、何人かに一人ずつ宛がうのはどうかな?」
「いいと思うけど、作業が遅れるわよ」
「別にいいでしょう。小頭が作業を教え込んで、作業のできる組が増えてくれば、いずれは取り戻してくれるわ」
「判った。普請方に進言してくる」
「よろしく」
最近、許可を取りに来る前に長門君、相談は千代女ちゃん、倉街の事は藤吉郎、奥女中の用事は智ちゃんを通じて言いに来るね。
分担されていい事だけど、どうして直接に聞きに来る人がいないのぉ?
何か可怪しい。
私、誤解されている?
どたどたどた、この足音は藤八と弥三郎だ。
「忍様、大変が大変なのです」
「孫三郎様がお越しなって、呼んでくるように言われたです」
「事は緊急で重大なのです」
「信長様の部屋で待っているです」
私は考える。
また、孫(信光)さんが来た?
「また、餃子でも食べに来たのかな?」
「餃子はとってもおいしいのでありますのです」
「肉の次に美味しいです」
「智ちゃん、賄い方に孫さんが来たって言っておいて」
「はい、判りました」
智ちゃんが台所に走ってゆく。
私も起き上がって、信長ちゃんの部屋に向かう。
孫さん、餃子が気にいったらしく、三日にあげず食べに来ている。
守山城でも作らせたけど納得いかなかったみたいだ。
視察とか言って、福屋の饅頭屋にも餃子を食べに行っているらしい。
信光御用達店とか、看板を上げて儲けているらしいから
福屋は水揚げが近いから新鮮で『海鮮餃子』の味がいい。
那古野は別の意味で新鮮だ。
うん、地下に大きな冷蔵庫がある。
冷蔵庫に入れるだけで食材の鮮度が他と段違いなんだ。
冷蔵庫と言っても巨大な氷を部屋に置いている奴だよ!
「孫さん、また餃子を食べに来たのぉ?」
「違う用事だが頂くぞ」
「毎日、餃子で飽きない?」
「ははは、その心配はない」
焼き餃子だけでもレシピが一杯あるので賄いが頭を抱えながら、毎回、違う餃子を提供している。
一周するまで通い続けるって事ないよね?
「まずは、話の前に餃子を頂こう」
言うと思った。
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