第5話 かんばれ信行、水利権争い(1)の事。
【 織田信行 】(ナレーター忍)
≪時間は少し遡り、仏敵信長の檄が飛んだ日の朝からです≫
どたどたどた、廊下を早足で信行の部屋へ、
「若、ここにおられましたか」
「らんどか! どうだ、あいてをせぬか」
「申し訳ございません」
「あさからけいこだ。えらいであろう」
「流石、若様でございます」
「そうであろう。そうであろう。あにうえとちがうのだ」
信行は日が昇る前から庭で素振りをしていたようです。
信長ちゃんだって、練習熱心で真面目だよ。
朝夕は馬の稽古で朝駆けの日課を欠かさない。
変な物を拾ってきたりするから遊んでいるように思われるんだよ。
他にも水練、弓、鉄砲の稽古、兵法の談議、鷹狩りと真面目に調練をしているんだ。
だから、私が無理矢理に連れ出して、一緒にごろごろして上げている。
身なりがおかしい事を除けば、真面目なんだ。
信長ちゃん本人にすれば、
湯かたびらの袖を外し、
ちゃせんまげにし、もとどりを紅やもえぎ糸で巻きた立ててお結い、朱ざやの太刀をさすのもファッション、
火打ち袋はどこでも火が起こせるように、
柿やあけびなどを馬上で食うのは、行軍で歩きながら食べれば、時間が短縮できると言う軍事調練の一環、
瓢箪の水を持つのは熱中症対策、
草履をひっさげるのは、行軍で草履が潰れた者に交換してやる為の予備、
極めて真面目にやっています。
最近はセーラー服だ。
天上界の最新ファッションと信じている。
言った事を信じてくれる素直な子だよ。
「おれはあにうえのようにあそんでおらん」
「若、立派でございます」
「うん、もっとほめよ」
「若こそ、織田の当主にふさわしいと思われます」
「そうであろう」
◇◇◇
「若、長島の
「そうじょうさまから」
「信長様を討てとのご命令でございます」
「なんと、あにうえを」
「信長様は長島所領の沖島を押領しております。沖島を取戻し、長島に返還するならば、若にお貸しして、領主にしてやって良いと言っております」
「われをおきしまのりょうしゅに」
「手紙と一緒に、約定も添えられております。これがあれば、若が領主になられる事を阻む者はおりません」
「ちちうえに、ちちうえに」
がつん!
信秀の拳骨が信行の頭を捉えます。
横で見ていた土田御前が目を背けるほどです。
「殿、それはあまりにもひどうございます」
「ちぃじぃうえぅ」
「馬鹿者、沖島ははじめから織田の所領だ」
「ちぃかちぃ、ながしまは」
「坊主に振り回されてどうする。儂はおまえがもう少し賢いと思っておったぞ」
「ぐぅ、それがしは」
「問答無用だ」
もう一撃が頭上を襲います。
信秀は取り付く島もありません。
土田御前は頭の中身が出て来ないか、心配そうです。
蔵人は無言を貫きます。
「信長が初陣を見事に飾った事で焦れておるのでしょう」
「そういうものか」
「そういうものです」
困ったものだと信秀は少し考えると、悪い顔を覗かせます。
「相判った。今日の昼より元服の儀を行う」
「若、おめでとうございます」
「げんぷく」
「元服でございます」
取り急ぎ家中の者が集められて、信行の仮結を上げて元服が簡単に行われます。
東尾張衆は「遅れる事、相成らぬ」との命で、取り急ぎ出仕させます。
「若、若、若、若様」
「おめでとうございます」
「うむ」
壊れたラジオのように柴田勝家が「若、若…………」と号泣しながら叫び続けます。
鬱陶しいですね。
「今日より、織田勘十郎信勝と名乗るがよい」
「勝、なんとも縁起の良い名でございます」
「よいお名前です」
「はい、ありがとうございます」
「うむ、精進せよ」
「がんばります」
信勝は父信秀に頭を下げます。
「若、おめでとうございます」
「「「「「「「「「おめでとうございます」」」」」」」」」
蔵人の声を合図に信勝付きのおとな衆4人と信秀の家臣が一斉に頭を下げます。
「では、最初の命を与える。岩崎城の丹羽氏勝が藤島城の丹羽氏秀と水利権で揉めておる。氏秀は助けて欲しいと手紙を寄越して来た。東尾張衆をお前に預ける。信勝、お主の裁量で差配せよ」
「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」
岩崎城の丹羽氏勝は東尾張の半独立勢力であり、信秀はこれを機に取り込もうと言う事が理解できた。
要するに、岩崎と藤島の水争いを治めてから、そのまま奪って来いと言われた訳だよ。
ほらぁ、覚えている?
信長ちゃんが西三河で『差配』して、信秀から怒られたよね。
差配は当主の専権であって、許しくもなく勝手にやっちゃ駄目なのよ。
今回、どういう判断をしても良いと信秀が認めたのね。
岩崎城の丹羽氏勝の領地を奪って、東尾張衆に報酬として分配して良い。
領主になりたければ、そのまま岩崎城の城主になっても構わない。
尾張中央、那古野に信長。
北尾張、守山に信光(末森の家老)
西尾張、勝幡に信実
西三河、安祥に信広
西美濃、牛屋(大垣)に信辰
東尾張を信勝が治める可能性が生まれてきた。
そりゃ、信勝付きのおとな衆(傅役)は喜んだ。
東尾張の小領主、水野氏や佐治氏らと同じ半独立国の盟主となっていいと許可を与えた訳です。
信長が当主を継いでも主従関係を維持しながら半独立を貫けます。
おとな衆(傅役)や東尾張の城主も家老や重臣としての地位に就けます。
つまり、末森城のタダの城主から東尾張の岩崎城の信勝の家老、あるいは、重臣にランクアップです。
そりゃ、喜びます。
「大殿、氏勝が詫びを入れてきた場合は如何いたしましょう」
当然の質問ね!
岩崎城の丹羽氏勝は臣従しています。
臣従といいながら織田の代官派遣を拒絶し、勝手に差配する独立国を貫いています。
それでも味方すると言う者の領地を奪うのは体裁が悪いよね。
「それも含めて信勝に任せる。まさか、頭を下げて詫びを入れてきた
信秀は氏勝を盟主と呼ばず、家臣と呼んだのです。
同じ織田に臣従している藤島城主の丹羽氏秀に対して、難癖を付けて土地を奪おうとする
信秀は岩崎城の氏勝に完全な家臣になるか、独立を維持するか、どちらでも好きな方を選べと言っている訳です!
さて、岩崎城の丹羽氏勝が織田と戦う選択をするでしょうか?
あぁ~~~~っ、家臣団が意気消沈してしまいます。
詫びを入れにくるよね。
唯一の希望は長島が『信長の討伐』を言い出した事でしょうか?
しかし、長島は尾張の西、岩崎城は尾張の東です。
この初陣、必ず勝てる。
氏勝が詫びを入れて終わりだと誰もが思ったのです。
しかし、絶妙なタイミングで使者が静寂を打ち破ります。
◇◇◇
どたどたどた、大広間に甲冑を身に纏った兵が伝令で入ってきます。
「本證寺の空誓、織田に決起。民に大号令を発しました。一向一揆でございます」
信広からの伝令が大変な事を告げます。
さぁ~~~っと頭から血の気が引く音がします。
長島の願証寺が信長討伐令を発したのは承知しており、各城主にも檄文が届いています。
皆、信長ちゃんがどう動くのかを静観している所であり、どうせ林秀貞と平手政秀が何とかするだろう。
そんな楽観ムードです。
まぁ、対岸の火事です。
長島の檄文に始まるやりとりを要約するならば、こんな感じなの。
「おい、我が沖にできた島は我が領地なので横領するのは不届きだ。返しやがれ!」
「長島様の申し分は尤もです。私も返還に賛同いたします」
「流石、我が信徒。よく言ってくれた」
「長島様の為、大殿に直訴させて頂きます」
「信長、見よ。おまえに対して織田の家臣もこんなにも私に賛同してくれているぞ」
こんな手紙のやりとりをする間に数か月が過ぎてゆく。
最悪、沖島くらい割譲すればいいのです。
(自分の所領ではないからね)
そんなわけで長島と信長の争いに危機を感じていません。
大殿が長島に兵を上げるなどと馬鹿な事を言わない限りです。
しかし、三河一向一揆はまったく違います。
一揆で安祥城が落ちれば次は福谷城。そして、その次は岩崎城です。
そう、今から攻める岩崎城です。
「三河はどうなっている」
「三河の一向宗は団結心が強く、その数も侮れません」
「信広様はどう申しておる」
「安祥城はお任せ下さい。ただ、数が多いので後詰をお願いしたいと」
うむむむむむ、岩崎城を攻める下知を貰った矢先に、安祥城の後詰の要請です。
しかし、無視できません。
安祥城が落ちれば、岩崎城も末森城も危なくなります。
「三河の七城は竹姫に預けた。後詰は那古野に任せる」
信秀がそう言うと一同が頷いたのです。
そうじゃ!
こういう為の赤鬼ではないか。
ゲンキンなものです。
日頃、私に悪態をついていながら、こんな時だけ頼るなんていい気なモノですね。
「岩崎の調停は予定通りだ。信勝、判ったか」
「しょうちしました」
「皆の者、直ちに戦の準備じゃ」
「「「「「「「「「おぉぉぉぉぉうぉぉぉぉぉぉ!」」」」」」」」」」
各自、城に戻って兵を集めに行きました。
「氏勝の奴、図に乗って、刃向こうてくれんかの」
「然すれば、加増もなるのぉ」
「何を馬鹿な事を言っておる。一揆衆の恐ろしさを知らんか」
「そうじゃ、そうじゃ、信広様、鬼と言えど、一揆衆は簡単に治まらんぞ」
「攻めている後から一揆が襲ってきたら、全滅は避けられんぞ」
「それほどに?」
「一揆はそれほど恐ろしいのだ」
年配者は信秀と一緒に尾張一向一揆と戦った事があるので一揆衆の恐ろしさを感じ、知らない若者ほど気楽な様子なのです。
◇◇◇
【 織田信秀 】
信秀は部屋に戻ると、柱の影に声を掛けます。
「対馬、何か変わった事は」
「ございません」
杉谷対馬守長盛は信秀付きの甲賀忍で、杉谷家に養子に出された千代女ちゃんの兄さんです。
「忍はすでに三河に行ったか」
「はぁ」
「収まるか?」
「一揆衆は忍様の為に立ち上りました。それを救いに行かれましたので、我らの勝ちは揺るぎないかと」
「まぁ、そうなるわな。信広はまだ一揆衆を一向宗と勘違いしておるのだな」
「三河を担当している者はおりますが、信広様に仕えている者はおらず、未だご存じないと思われます」
うぅ~ん、信秀が長い唸りのような声を靡かせます。
「忍が大枚を叩いて、甲賀と伊賀を買い漁った意味がやっと判ったわ。正確さと早さ、これは買うだけの意味があるな」
「ありがとうございます」
「これからもよろしく頼む」
「ははぁ」
千代女ちゃんの兄さんが頭を下げます。
「一揆の数は3万、安祥城を落として尾張に攻める勢いだ。赤鬼様は一向一揆の事は知らんと織田を見限った。そんな風に広める事はできるか」
「事実ゆえに、不可能ではございません」
「そうか」
ふ、ふ、ふ、信秀と千代女ちゃんの兄さんが一緒に笑います。
(赤鬼の)一揆衆が3万。
(尾張の一向衆は)織田で何とかしなさい。
どちらも嘘ではありません。
「岩崎に使者を送りたい。三河の寺で都合の良い寺はないか」
「織田の庇護を求める福谷の寺が1つ。どんな事でも、何でもすると言っております」
「良し! 尾張に攻め入る時に道案内を! 岩崎城が攻められているなら一向一揆衆が協力致すと岩崎に使いを出させよ」
「畏まりました」
「おぉ、そうだ。信勝は岩崎城を取った後に赤鬼を退治するつもりだとも噂を流しておけ」
うぅ、千代女ちゃんの兄さんが言葉を詰まらせます。
「織田は少し勝ち過ぎた。ここらで1つくらい負けた方が良いのだ」
「よろしいので」
「酷い頼みだが、危ないようなら助けてやって欲しい」
「畏まりました。此度は私が指揮を致しましょう」
「頼む」
「しかし、兵数は倍。勝ちそうな場合は如何いたしましょう」
「それは信勝の才覚。褒めて遣わす」
優しいのか、怖いのか、よく判らない親ですね。
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