【閑話】津島天王祭(1)の事。
【
帝に言われて下向するも、大和の国、伊勢の国を回っていると遅うなってしまった。
丁度、津島天王祭なのは偶然でないで!
遅なった序でや!
津島の宮司にあいさつをして、特上席で見せて貰う。
おぉ、なんと見事なまきわら船や!
丸るく作った提灯が綺麗や。
ぎょうさん金使こうとるのぉ。
織田はどこもかしこも金持ちやな!
「氷室はん、ええもん見せて貰ったわ」
「お上にはよしなに」
「よろしゅう伝えとくで」
「お願いします」
さっきから天王橋が騒いでいる。
どこかの殿様でも見物に来たのかもしれん。
「あちらは!」
「那古野の織田信長様で御座います」
「ほぉ、あれが!」
見た感じ、まだ幼い。
今年、12と言えば、そんなものか。
あれが鬼を従える武将か?
見えへんな。
どこぞでもいる餓鬼やないか。
まぁ、けったいな服は着ているけど、それ以外は普通やな。
「そろそろ、花火が上がる頃で御座います」
「花火?」
「織田様より牛頭天王様への『天空に咲く華』の奉納花と聞いております」
なんのこっちゃ?
ぼん、ひゅるるるるるるうるるるるるぅぅぅぅ、ばぁ~ん!
あぁ、ああああああああ、なんやあれは。
「見事」
「氷室はん、なんでっか」
「天空に咲く華だそうです」
そうやけど…………なんや?
なんで氷室はんは落ち着いておるねん。
空に花が咲いたんやぞ!
ありえへん。
ありえへんで!
どうなっとんねん。
尾張はおかしなったんか?
ぼん、ひゅるるるるるるうるるるるるぅぅぅぅ、ばぁ~ん!
ぼん、ひゅるるるるるるうるるるるるぅぅぅぅ、ばぁ~ん!
ひぇ~えぇ、大丈夫か?
落ちてけえへんか?
「大丈夫でございます」
「何でそう言えるねん」
「それはもう、織田様がされる事ですから」
「意味わからへん」
「まぁ、ご覧になって下さいませ」
ぼん、ひゅるるるるるるうるるるるるぅぅぅぅ、ばぁ~ん!
まぁ、確かに綺麗や!
1発、また、1発と上がってゆきますから慣れてきます。
平均1秒に2発のペースで上がってゆきますから、8分も経つと平気になるものです。
最初は驚いたけど、よう見たら綺麗や!
こりゃ、帝に話すと駄々を捏ねられそうやな。
ええ帝やけど、そういった綺麗なモンには目がないからな!
どないしょう。
困ったな!
次々と上がる花火に吸い込まれてゆきます。
『次は、玉屋作兵衛の作』
ぼん、ひゅるるるるるるうるるるるるぅぅぅぅ、どがぁ~ん!
おぉ、菊の花みたいや。
お見事!
その次は色違いか!
こっちも見事や。
作る人が変わったのか、何や、よう判らんもんやが凄かった。
次は、しだれ桜か!
こりゃ、芸術や!
又衛門の作は終わりみたいやな。
「ここからは、息をする間がないそうです」
「まだ、あるんかいな!」
だっ、だっ、だっ、だっ、だっ、だっ、だっ、なんちゅう贅沢な打ち方や。
正に“
どごん、ひゅるるっるっ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、ずだぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~ん!
おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、天空が落ちてくるやんか。
これは、もう地上のモンやあらへん。
「鬼ぃ? ちゃう、ちゃう、ちゅう、天界の御業や」
「山科様もそう思われますか」
「こんな事ができるのは人の所業とは思えへん」
「私が思うに、竹姫様は牛頭天王様の后、
「まぁ、それは判りまへんが、それに近いお方に違いありまへん」
牛頭天王の后の頗梨采女と言えば、
三つ目には見えへんな!
まぁ、ええわ。
「あいさつに行かんと」
そう思うと社から出て、天王橋を目指して駆けたのです。
◇◇◇
【 帰蝶 】
あぁ、暇だ。
あの三人め、揃いも揃って尾張に行きやがった
何故、今日だ!
は、は、は、あの阿呆共め!
皆で『津島天王祭』を見物か、後でとっちめてやる。
儂が気づかんと思ったのか?
儂を誘え、儂を。
津島と言えば、あの辺りか!
ここでは小さ過ぎて見えんな。
稲葉山から津島まで25kmくらいであり、山などの障害らしい障害はありませんから望遠鏡や双眼鏡があれば見えない距離ではないのですが、淡い光が動くのを見て、「あれかのぉ」と言うのが関の山です。
「帰蝶、こんな所にいたのか?」
「父上ですか」
「酒はまだ早いぞ」
「茶です。茶」
そう言って帰蝶は斎藤利政に茶盃を差し出した。
帰蝶の言うように茶であった。
「酷いと思いませんか! 私を置いてけぼりにして、皆、津島に行ってしまったのですよ。誘ってくれればいいのに」
嫌ぁ、嫌ぁ、見つかったら利政に、どんな仕置きをされるか判ったものじゃありません。
怖くて!
誘える訳がありません。
ぱ~ん!
透き通る音に天空に光の花が咲いたのです。
「あれは?」
「あれは何じゃ!」
帰蝶は穏やかに、利政は立ち上って声に出します。
1発、2発と花火が続けて上がれば、何となく察してきます。
「空に花とは雅ですな!」
「は、は、は、正気の沙汰とは思えん」
「おそらく、火薬ですね」
「一体、どれほどの量が必要となる。というか、何発上がるのだ」
1発か、2発なら利政も正気を保てましょう。
火縄銃一発分の火薬は米一升に相当するそうです。
米一升=10合=10文=600円
巨大な火の玉を上げるのに、何発分の火薬を使う事になるのでしょうか?
鉄砲一丁の火薬で上がるとは思えません。
「父上、1発1貫文で上がりますか?」
「知らん」
「ですよね」
意外と当てにならない父に溜息を付きます。
一方、利政は青い顔をします。
知らないという事は怖い事です。
大友宗麟が硝石を毎年200斤(120kg)を銀1貫目で買うと言っています。
3号玉を打ち上げる火薬の量は本体が約40g、打ち上げ用が22gです。内80%が硝石ですから、
おおよそ、52gです。
銀1貫目で2000発以上打ち上げられる計算になります。
織田が打ち上げた花火は最初に1,000発、2尺玉4発、まとめて5,000発、最後の締めに4尺玉が1発ですが、帰蝶も、利政も知るハズありません。
銀3貫文程度の硝石が一夜で消えた事を知ったら、どう思ったのでしょうか?
それに付けても織田は雅だと帰蝶は思ったのです。
「美しいですわ」
「何を感心しておる。あれがこの城に向けられたら、一瞬で終わるわ」
「父上、織田はすでに南蛮船を手に入れていると聞くではありませんか」
「それがどうした」
「南蛮には城を崩す武器があると聞きます」
「だから、拙いのではないか」
「斉藤にないなら、織田で持っている者を調略して奪えばよろしいのではありませんか」
「となれば、佐治か!」
「佐治は与えられた故に無理でしょう」
狙うなら為景以外の佐治か、佐治の飛躍によって肩身を狭くしている水野信元であった。
「水野様が困っていると聞きましたが」
「困っている? 聞き間違いではないか」
「水野信元様は衣ヶ浦の利権をすべて手に入れたと聞きます」
「おおぉ、そうじゃ」
「しかし、刈谷以上に大浜や高浜が繁盛していると聞きます」
信長の大浜城征伐で大人しくなった長田重元は、水野信元と水利権を争わなくなった。
極端に言ってしまえば、信元は衣ヶ浦の利権をほとんど手に入れた。
水野にとって万々歳だ。
しかし、余り顔色がよくない。
「新しい船は大きいそうですね」
「弁財船に比べれば小さい。しかし、漁船にすれば、かなり大きいらしい」
「水野は悔しがっているでしょう」
「なるほど」
大浜と高浜は衣ヶ浦を手放す変わりに新しい南蛮船を小型にしたような漁船でかなり沖でまき漁ができるようになった。
大量のイワシなどの小魚を潰して、田畑に撒くなんて信じられない事もはじめている。
「水野様は焦っておられるようで」
「儲かっておるのに、贅沢な話じゃ」
「それを言うなら東美濃も織田に取り込まれそうではありませんかぁ」
「言うな!」
西三河は信じられないほど繁盛している。
信広殿が
その為に人夫が増え、町が生まれ、物が動いている。
海岸部で竹姫が行う普請もあり、西三河の者は銭を得ているので金回りが良くなっている。
水野氏の刈谷も儲かっている。
儲かっているが、大浜や高浜ほどではない。
それが信元の顔を顰める原因であった。
同じように、那古野城の普請で東美濃の木材が飛ぶように売れていた。
木材だけで石高を超えるとも言われ始めている。
東美濃の繁盛ぶりは織田に支えられている。
織田を攻めるなどと言えば、東美濃は織田に付くと言いかねない状態であった。
これが利政を悩ませていた。
「西美濃も木曽川、長良川を使って那古野の織田に木材を売ればよろしいのに」
「そんな事をすれば、西美濃まで織田と争うなと言い出すぞ」
「織田がこけるまで、儲けるだけ儲けさせて貰えばよろしいのでは?」
「皆、帰蝶のように頭が回ればよいのだがな」
西美濃は山間部と平野部に分かれている。
山間部の国人は喜ぶが、平野部の国人は儲からない事を妬んで割れる事は必定であった。
「なるほど、織田の狙いはそんな所にありましたか! これは迂闊です」
「ワザとなら、相当な知恵者だ」
「偶然でしょう」
「そうだといいがな!」
「何を弱気になられております。調略がないのは偶然の証拠です」
情けない話だが、娘の一言で落ち着いた。
水野信元は同盟国ゆえに織田の恩恵を十分に受けていない。
確かに付け入る隙があるかもしれない。
「しかし、美濃に不満を持つ者がいるとなると、どこか攻めねばなりませんね」
「攻めるとなると牛屋だ」
「牛屋城も堀を作り直していると聞きます」
「よく入る耳じゃのぉ」
帰蝶がにっこりと笑います。
「次の評定に出る事を許す」
「ホントでございますか?」
「話す事はならん。鎧を身に纏い、仮面を付けて後で見ておれ!」
「判りました」
「評定とはどういう物か、学んでおけ」
1歩前進です。
しかし、その帰蝶もそこから始まった美しい花火と、途轍もない数、そして、最後の天を覆うように広がる4尺玉に息を呑んでしまったのです。
織田、侮りがたしと。
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