第39話 赤鬼忍、尾張に居つくの事。〔再チャレンジの星、織田信長〕
ぴぃひょろろろぉ、たんたんたん、ぴぃひょ、ぴぃひょろろろぉぴぃろろろぉ、たん、たん!
笛の音に祭り太鼓が合わせて、陽気な雰囲気を作り出します。
今日は長門君も公認で、『信長ちゃんとデート』なのです。
「デートとは何でしょうか?」
「一緒に出掛ける事よ」
「それなら毎日でも忍様と出掛けたいです」
『毎日、一緒に出掛けましょう』
「止めて下さい。那古野の作業が滞ります」
「ちょっと行って帰ってくるだけじゃない」
「私は心配で手が止まります」
長門君は過保護だね!
まぁ、ここんとこは連日で信長ちゃんとお出掛けしている。
ほとんどが津島周辺の村々への差し入れだ。
旧暦6月14日と15日は、津島天王蔡の日だ。
津島五か村、
どこに行っても信長ちゃんは大人気だ。
尾張の『うつけ』と伝わっているけど、織田信長は村々の祭りなどを巡って、餅や米を配っていた。
国人や土豪からすれば、百姓の人気取りをして何になる。
餅や米を無駄に使う。
変な殿様だ。
信秀や信長ちゃんが経済を理解して、取り過ぎた分を還流させていたとは考えられない。
信長ちゃんは貧しい農村を見て純粋に助けたかっただけだろうね。
信長ちゃんは優しかった。
『ここ、テストでます』
先生、出して下さい。
こんな話が残っています。
永禄11年(1568年)9月に足利義秋(後の15代将軍足利義昭)と上洛戦を行った時、信長ちゃんは山中の村人を集めて、木綿20反を『山中の猿』(障害者)に与えて、『これを金に換え、この者の小屋を建ててやれ。また、この者が飢えぬように毎年麦や米を施してくれれば、自分はとても嬉しい』と言ったそうです。
その優しさに山中の猿や人々は涙したと伝わっています。
信長ちゃんが『たわけ』と呼ばれる幼少・青年期に餅や米を配ったのは、尾張の村人が貧しい暮らしをしているのを見過ごせないだけなのです。
戦国時代に似つかわしくない。
『心優しい、殿様だったのです』
しかし、何故!
『鳴かぬなら、殺してしまえ、ホトトギス』
になるんだよ!
『鳴かぬなら、放してあげよう、ホトトギス』
これが信長ちゃんの心だよ。
ぷん、ぷん、ぷん、忍ちゃんは
史実の信長ちゃんも『甘ちゃん』ですよ。
家康は息子の謀反を恐れ切腹に追いやった。
でも、息子の
信長ちゃんは絶対に『殺せ!』などと言っていないよ。
私が断言して上げる。
信康は切腹なんてする必要がなかった。
可愛い娘のお婿さんだよ。
娘が泣くでしょう。
信長ちゃんは絶対にそんな事を望んでなかったよ。
最悪でも信康を『追放』すればOKだね!
◇◇◇
えっ、あの恐怖の魔王『信長』がそんな優しい沙汰ですむの?
私もそう思ったよ。
合理主義、才能があるなら誰でも使う。
じゃぁ、私の『慶次様』をどうして使わないの?
おかしいでしょう。
弾劾してやる!
『信長、死すべし!』
そんな理由で私も古文書なんかを読み漁った訳よ。
えっ、信長って、滅茶苦茶あまちゃんだよ。
・謀反を起こした林や柴田を再登用する。
・部下のねねさんの愚痴を聞いて上げる。
・失敗しても叱りはするが罰を与えない。
・悪い所は何度も手紙を書いて注意してあげる。
・リストラされて高野山に蟄居させられた佐久間の子は信忠の側近で再雇用。
(近習って、出世コースだよ)
『再チャレンジ』できる優しい社会。
どこかで聞いたキャッチフレーズ。
>>>どこかの内閣か!<<<
結論、信長って、身内や身内に近い人には滅茶苦茶甘い性格なんだよ。
信長の長女だよ。
「おとさん、お願い。信康様を助けて」
「そうか! 命だけは助けてやるよ」
なるね、なる、なる、信長はあまちゃんだよ。
戦国の『あまちゃん』と馬鹿にされるくらいが、信長ちゃんに一番似合っていると思うよ。
◇◇◇
◇◇◇
どうして信長が殺されたのか?
坊やだからさ!
◇◇◇
◇◇◇
それはともかく!
デートを楽しもう。
天王祭は病気が流行した時に
津島の衆は後醍醐天皇の曾孫である良王親王が津島に逃れてきて生まれた者達であり、北朝が天津ツ神々を祀るように、南朝は国津ツ神々(須佐之男命など)を祀るのです。
最後に川流しが伝わって、津島五か村から5艘のまきわら船が出され、屋台の上の半円山笠に365個の提灯、中央高くには真柱を立て、12個の提灯をかかげます。
笛・祭太鼓がにぎやかに響きます。
にぎやかな雰囲気はいいね。
私は信長ちゃんの腕を掴んだままで、天王橋の上からまきわら船を眺めているのです。
「忍様、如何でしょうか?」
「うん、いいね」
「喜んで頂いて幸いです」
「津島神社って、本当に中洲の中にあったのね」
「それがなにか?」
信長ちゃんは首を捻ります。
現代の津島神社には堀は残っていても周りに川なんて残っていませせん。
この天王川(津島川)は川幅が300メートルほどあり、この狭くなった天王橋付近でさえ、七二間(130メートル)もあります。
ちょっとした池です。
この橋の両岸には数千軒の町屋が並び、さらに数千艘の出船入船が舟遊びでにぎわっています。
「次は出店ね」
「出店とは?」
「小腹を埋める小さなお店よ」
「町屋ではいけませんか?」
「町屋は本格的な店ばかりでしょう。立ったまま、眺めながら食べられる物を売る店の事よ」
「それはおもしろうそうです」
「じゃあ、次のお祭りでやれるようにしましょう」
長門君が首を横に振っている。
また、要らぬ事をするとでも考えているのでしょう。
甲賀衆に率先してやって貰いましょう。
まきわら船がゆったりと動くのが優雅でいいでね。
ここだけの話、半円山笠を飾る365個の提灯は蝋燭で灯っています。
でも、蝋燭は高価なので、365個も用意できない。
一艘でお茶を濁そうとは言っていたんですよ。
どう思います、奥さん!
信長ちゃんが寄付すると言う事で、今年は豪華に照らされています。
「さて、そろそろですね!」
「はい、楽しみです」
「忍様、本当に大丈夫なのでしょうね」
「大丈夫に決まっているでしょう」
「一体、いくら掛かったとお思いで」
「全部、私が払ったの!」
評定で花火を奉納しようと言ったら反対された。
「空に花を描くとは何ですか?」
「鉄砲と一緒よ。空に玉を打ち上げるのぉ」
「何を馬鹿げた事を!」
「空に打ち上げて、何の意味がある」
「綺麗なのよ。楽しいのよ。本当に凄いんだから! もういいわ、今回は私が信長ちゃんの名前で奉納するから、絶対に見に来なさい。来なかった酷いからね」
平手のじいさんが値段を聞くと、家臣一同が口をあんぐりと開けた。
仕方ないでしょう。
この時代の硝石は高いのよ。
現代でも、直系100mくらいの3号玉が5,000円くらいで100発打てば、50万円が吹っ飛ぶ。
パン、パン、パンと普通に1秒単位で打っても2分も持たない。
1,000発くらい用意しないと面白くない。
しかも、ダダダンと迫力ある花火にするには、5,000発は用意しないと話にならない。
つまり、普通に花火大会を行うと、2,500万円くらいが吹っ飛ぶ訳だ。
開花すると450mになる20号玉(2尺玉)も花火職人(本職は火薬の調合師)に作って貰った。
そして、最後の締めが、私とAIちゃんの力作の四尺玉だ。
20号玉(2尺玉)は1発60万円、40号玉(4尺玉)は1発260万円だ。
一夜で1億相当!
1,600貫文余りの銭が空に消える。
平手のじいさんが溜息を付きました。
失礼だね!
◇◇◇
まきわら船が津島神社の湊に入った所で、『那古野織田様、奉納』と言う声があちらこちらから湧き上がります。
ぼん、ひゅるるるるるるうるるるるるぅぅぅぅ、ばぁ~ん!
手始めの3号玉が爆発し、空に小さな花が1つ咲きます。
「あれは何だ!」
「いま、何か光った」
「雷様じゃ」
ぼん、ひゅるるるるるるうるるるるるぅぅぅぅ、ばぁ~ん!
ぼん、ひゅるるるるるるうるるるるるぅぅぅぅ、ばぁ~ん!
最初は間隔を開けて鳴らして行きます。
頭を抱えている人も慣れてくれば、平気です。
どーん、どーん、どーん!
ど、ど、ど、ど、どぁ~~~~ん!
3号玉で慣れた所に、6号玉を混ぜてゆきます。
空に咲く花に誰もが見惚れてしまいます。
「美しい」
「でしょう、でしょう。ヤッパ、祭には花火でしょう」
「大橋も喜んでおりましょう」
「今頃、腰を抜かしているかも? でも、これからよ」
花火が止まり、一瞬の静寂が訪れます。
『次は、玉屋作兵衛の作』
火薬の調合師の二人に玉屋と鍵屋の名前を私が名付けた。
ぼん、ひゅるるるるるるうるるるるるぅぅぅぅ、どがぁ~ん!
“芯入りの菊”
二重の花びらが乱れ咲きます。
『た~まや~』
川縁の一団がそう叫んだ。
ぼん、ひゅるるるるるるうるるるるるぅぅぅぅ、どがぁ~ん!
“芯入りの銀冠菊”
外側が白銀、内側が赤の華が咲きました。
『た~まや~』
見事に成功だ。
「忍様、本当に美しい。花火とはこんなにも雅なものなのですね」
「ふ、ふ、ふ、判って貰って嬉しいよ。後で、これを作った作兵衛も褒めて上げて!」
「はい」
信長ちゃんがそう返事すると、次は『鍵屋又衛門の作』という声が掛かります。
「そう言えば、変な掛け声が聞こえましたが、あれは何ですか?」
「玉屋の作だから、たま~や~と声を掛けているのよ」
「へぇ~、おもしろそうです」
「一緒にやろうか!」
「はい」
「次は鍵屋だよ」
ぼんと言う音がすると、ひゅるるるるるるうるるるるるぅぅぅぅと音が遠のきます。
どがぁ~ん、だっ、だっ、だっ、だっ、だっ、だっ、だっ!
『『か~ぎや~』』
私と信長ちゃんはあらん限りの声を上げます。
“蜂”
蜂がぶんぶんと飛ぶように、あちらこちらに光が拡散してゆきます。
は、は、は、信長ちゃんが笑っています。
私も釣られて笑っています。
さらに次の“ぼん”と言う音がすると、ひゅるるるるるるうるるるるるぅぅぅぅと音が遠のきます。
どぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~ん!
『『『か~ぎや~』』』
私と信長ちゃんはあらん限りの声を上げると、周りの人も一緒に叫んでいるのです。
“しだれ柳”
光の帯が下に延びて柳の木を思わせます。
おぉぉぉぉぉぉぉ!
人々が感嘆の声を上げています。
「しだれ柳よ」
「見事な柳です」
「又衛門を褒めて上げてね」
「はい」
『では、那古野織田の奉納花火、最後までお楽しみ下さい』
ここまでゆっくりと順番に上げていた花火だが、ここから一気に火を付けていきます。
だっ、だっ、だっ、だっ、だっ、だっ、だっ、わずか2分に5,000発、右に、左に、空に花園が生まれては消えてゆくのです。
見物客達は息を呑んで眺めるだけです。
『花火というのは、生命のはかなさを大空に打ち上げているのです。静かに祈るものです』
誰の言葉だったかな?
“永六輔です”
うん、どんな人か覚えてないや。
どごん!
最後に腹の底から響く音が聞こえると、なが~い、なが~い、ひゅるるっるっと言う音が続きます。
ずだぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~ん!
天空が光に満ちたような大きな華が咲いたのです。
「4尺玉よ」
「…………………………………………………………………」
信長ちゃん、否、あたりの見物客も声を殺しています。
わぁぁぁぁぁぁぁあっぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
絶叫が周囲にほとばしるのです。
そうよ、この昂揚感が花火なのよ。
あぁ、やってよかった。
空を覆い尽くした圧巻の花火は、人の心を良くも悪くも鷲掴みにした。
「忍様、これからも尾張をよろしくお願い致します」
「まぁ、飽きるまでいるから大丈夫よ」
「忍様に出会えて幸せです」
「もう、大袈裟だな」
「本当にずっと居て下さい」
「信長ちゃんがりっぱな武将になるまではいるからさ。がんばって!」
「はい、精進します」
ちょろい。ちょろ過ぎる!
やっぱり信長ちゃんは『あまちゃん』だ。
それが伝わるといいね!
第1章『赤鬼忍、尾張に居つく』(完)
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