第55話

 わたしが学校から帰ってくると、作業服を着た業者がいた。


「夏、なんの騒ぎ?」

「お帰りなさいませ、薪ストーブの点検です」


 そうか、そんな季節なのかと思いにふける。このお屋敷には大きなテーブルのある部屋に薪ストーブが設置されている。薪ストーブもそれほどの頻度で使うわけではないが、一酸化炭素中毒にならない為の点検だ。わたしは自室にこもり、業者が帰るのを待つ。


……。


間が持たない。わたしは夏の携帯に電話して紅茶を頼む。決して業者が怖い訳ではない。仕事中の業者に何を話していいか分からないのである。しばらくすると、夏が紅茶を持ってくる。


「業者に茶菓子でも出した?」


 わたしは気が利く人種として夏に尋ねるのであった。


「恋菜様、点検だけです。時間もかかりませんので茶菓子など不要かと」

「そう、夏の判断に任せるわ」


 夏の持ってきた紅茶をすすり、嵐の去るのを待つ。こんな弱気では月之宮家の人間として失格である。わたしは様子を見に大きなテーブルのある部屋に行く。

業者が片付けをしている。


「ご苦労様、何か問題はあって?」

「こんちわ、詳細は後で報告書を出しますが、特に問題はありません」

「そう……」


 わたしが言葉に詰まっていると。姉の愛菜がやってきて。


「終わった、みたいね」

「ええ、しかし、薪ストーブなんて羨ましいかぎりです」

「お飾りだけど、重宝しているわ」


 流石、姉の愛菜だ、普通に世間話をしている。コミ障害のわたしとは違う。わたしは自室に戻り、自分の不器用さに落ち込む。しかし、姉の愛菜は一家の長である。わたしには真似出来ない。業者が帰った様子なので机の上に置かれた紅茶をキッチンまで運ぶ。


 夏は「お疲れ様です」と一声かけてくれた。優しい言葉に疲れが癒される気分であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る