昼食を終えると、蒼介たちはお墓参りに出かけることになった。


「あれ、薫姉ちゃんは?」

「お母さんの見守りだよ。ひとりにしておくわけにはいかないからな」


 正直、蒼介にとっては、はやく薫姉に『告朔のき羊』について教えて貰いたかったのだけれど、仕方なく父の車に乗ったのだ。


「大丈夫よ。薫は年末にもお墓参りに行ってるからね」


 助手席に座る静子さんが、ポンと蒼介の肩を叩く。けれども、蒼介は子どもらしくプクリと頬を膨らませて、窓の外に目を逃がしたのだ。




 しかし、そこで蒼介は面白いものを見つけたのだ。


 お線香をあげて、ちょうど車に戻ろうとした時、遠くの空に漂う何かが蒼介の目に留まったのだ。鳥でも飛行機でもない。黒い影が空を舞っている。


「あれ、なんだろう?」

「あれはたこ上げよ」


 振り返ると、ハンカチで濡れた手を拭いている静子さんと目があった。


「凧?」

「うん、やったことある?」

「ううん」と首を振る。「テレビで見たことはあるけど」

「蒼介くんには馴染みがないかもしれないけど、昔はたくさん上がっていたのよ」


 小丘の上にある墓地だから、よく目をらしてみると、確かに糸が着いている。


「この辺でもお正月にげるんだけれど、他所よそとはちょっと違った意味があって凧を上げるの」


 違和感――

 いつの間にか、静子さんも隣に並んで一緒に凧を見つめていた。


「今では随分と少なクナッタけれど。蒼介くんは、凧上げの意味って知ッテル?」


 なんだか声のトーンも低くなった気がする。隣に立つのはたしかに静子叔母さんだ。しかし、目は虚ろで、叔母さんなのに叔母さんでないような。


 気を紛らわそうと、蒼介はテレビで見た凧上げのことを必死に思い出そうとした。


「うん、えっとね、子どもが将来大きくなったら、一番になるために上げるんだよ」

「お、すごイネ


 今や、静子さんの目は遠くの凧に釘付けだ。半開きの口の端には、ヨダレが白い泡になって溜まっている。


「昔はね、お仕事やそのお家がトップになれるように、ぐんぐんと高く登って成長できるようお願いをこめて凧をあげるの。デモネ、さっきも言っタケド、この地方では少しダケ意ミガチガッテイテ――」


 正直なところ、蒼介は静子さんの声が耳に届いていなかった。ただ、彼女の異様な雰囲気にづいて、寒くもないのに歯をカチカチと震わせていた。


「お、あれは凧かな?」


 ちょうとその時、共用のおけ柄杓ひしゃくを片付けた父がやってきた。


「お父さん!」


 蒼介は藁にもすがるような気持ちで父の元へ駆けていった。心の底から安堵。そして、父の影に隠れるようにして、再び静子さんを見たのだけれど、彼女はすっかり静子さんに戻っていた。目が合うと、彼女は何事もなかったかのように優しくニコリと笑った。

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