第2話
……そんな事があってから、翌週の事だった。
「ねぇ里中。Bクラスの吉村君とあんたって、結構話すわよね?」
放課後。散り散りに教室を後にする生徒達に反し、まだ机に腰掛けている俺に駆け寄ってきたのは佳奈だった。
「まぁ、ぼちぼちな」
俺は、知っている。
この後の発言を知っている。
未来予知や、予知夢なんかじゃない。
「彼かっこいいわよね。一目ぼれってやつ? あの塩顔がたまらないっていうか」
――――これで、四度目。
決まってこの言葉から、佳奈の恋バナとやらは始まる。
「背も高くて、超爽やか。芸能人で例えるならジニーズの――――」
恋ってやつは、どうしてこうも一方通行なのかねと、俺は頬杖を突いて佳奈の止まらない恋の話に耳だけを傾ける。いい加減耳にタコができてもおかしくはない。
こう何度も同じ相手に恋を繰り返すのなら、きっと佳奈にとって運命の相手は吉村なのだろう。
残酷なものだと俺は嘆息した。
恋や運命とはつくづく一方通行なものだ。
「ちょっと、何溜息ついてんのよ。聞いてんの?」
「聞いてる聞いてる。あいつは顔も良いしスポーツも頭も良し。異性からも同性からもモテモテの話題渦中人間さ」
「そうよねぇー。彼の事見てると凄いドキドキするの……。運命の相手かしら」
「運命ねぇ……。少女漫画の読みすぎじゃないか?」
「あんた本当に昔からデリカシーないわね」
「へいへい。そりゃどーも」
訝し気に佳奈は俺を睥睨したかと思えば、何か思い立ったように背をピンとさせた。
「決めた。明日告白する!」
「……やめとけやめとけ。相手にされるわけないだろ」
「やってみなきゃ解らないでしょうよ! 帰って手紙をかくわ」
はっきりと否定する勇気も無ければ、真実を伝える勇気もない。昔から行動派の佳奈と、慎重派の俺。正直、振り回されるのは慣れてる。
後は明日の放課後、教室で待つだけだ。
「ほら、そうと決まれば帰るよ!」
「ちょっと先行っててくれ。用事を思い出した」
「暇人が大層な事いってるんじゃないわよ。直ぐ終わる?」
「ああ、直ぐ終わる。それじゃ少し待っててくれ」
何度も何度も運命を繰り返せば、ひょっとしたら変わるだろうか? そんな淡い期待を頭の片隅に抱えながら、俺は教室を後に、部活中の吉村へ会いに行った。
◇
「辛い。とても辛い。失恋がこんなに辛いものだなんて……」
机に突っ伏し、佳奈はシクシクと泣いていた。どうやら四回目の告白も上手くい
かなかったらしい。運命とはつくづく残酷だ。
「まあ、あいつ顔がいいからな」
自分の中で何となく察しがついているとしても、こう毎週毎週泣き顔を見ていては、少し不憫だと思う。佳奈はよく姉弟見たいなもんだというが、兄妹の間違いじゃないかと思う事が度々起こる。
けれどそれは彼女のちんけなプライドが許さないらしい。
「そう! そこなのよ! 顔が良いって罪じゃない? 人の気も知らないで……!」
「勝手な奴だなぁ……」
グシャグシャになった佳奈の顔が俺へ向く。そして突然息巻いた。
「こんなに辛いのなら死んだほうがましよ!」
「そりゃ言い過ぎだ」
ひでぇ顔。俺は佳奈の顔見てそんな事を考えていた。同じ運命を繰り返しているとしても、同じ泣き顔は無い。そして俺は他の人が知らない佳奈の素面を色々と知っている。
それくらいに、佳奈は近い存在なのだ。
「どうにかしてよ里中ぁ。甘い物が食べたい」
「もし吉村と付き合っても。我儘に嫌気がさして三日と持たないだろうな」
「あんたの前だけですぅーだ」
徐に袖で涙を拭い、佳奈はそっぽを向いて頬杖を付く。少し気が紛れたようだが、やっぱり悲しいのだろう、拭ったはずの涙は直ぐに頬を伝っていた。
「……まぁ元気出せって、こういう時は目いっぱい泣くもんさ」
俺は何度も、何度も佳奈を慰める。慰めてやる事しか出来ない。
恋愛ドラマや映画なんかじゃ、異性として見ていなかった幼馴染を在る日を境に意識し出すという話をよく見るが、佳奈に限ってはそんな事無いだろう。
何せこいつは面食いである。学校でも1、2位のモテ度を誇る吉村に惚れるくらいだし、こいつの大好物はジニーズだ。
仮に俺が、画面越しに見るイケメン俳優の如く、端正で歯の浮く様なセリフを思いつくのなら話は別だろうが。
「あんたにこの辛さが解る訳ないでしょ。ならどうにかしてよ」
相変わらず我儘な女だと俺は思った。だが、佳奈の言う通りこの辛さは本人の物だ。何度もその一連の流れを見ても、気持ちを察してやる事は出来ない。
なら、もう一度……。
俺は大きく嘆息して、唐突に席を立つ。
「里中……。ごめんて」
俺の様子を見てか、佳奈が反射的に謝る。昔から考える前に口が動く奴だが、本当は人一倍他人に気を遣う奴なのを、俺は知っている。
そんな自己中で、我儘で、ガサツで、素面は女らしさの欠片もない佳奈と付き合おうと思う男子は、そうそういないだろう。
そう思うと、今回も佳奈の告白が失敗した事に安堵する自分が居た。
「まって。どこ行くのよ」
「どうにかしてやんのさ」
「……は?」
自身のスクールバックを棚から取りだし、机上へと置く。
そして中から財布を取り出すと、佳奈は目を丸くして此方を見つめていた。
「なに? 奢ってくれる気になったの?」
「馬鹿言え。いい加減カツカツなんだよこっちは」
俺がそう言うと、佳奈の口元がへの字に曲がり、小首を傾げていた。
もし何度も運命を繰り返した結果、少しずつでも未来が変わるのなら。俺は何度も繰り返してその可能性に掛けるしかない。
「最近催眠術を勉強しててさ、失恋した記憶を消してやろうと思って」
俺は財布から取り出した紐の着いた五円玉を、佳奈の目の前でぶら下げる。
「馬鹿にしてる?」
自分でも馬鹿にしていると思う。こんなベタベタな催眠術でいとも簡単に記憶を毎回消されているのだから。吉村も簡単に掛かる辺り、純粋な奴程暗示にかかり安いらしい。
「……私帰る」
「まぁ待て。一回だけ! 一回だけ試しで! な?」
立ち上がろうとした佳奈の肩をがっちりと掴み、半ば押さえつける様にして座らせる。仮に逆の立場なら俺だって帰ろうとしただろう。
「絶対上手くいくぜ?」
観念したのか、佳奈の強張った肩の力が緩んでいく。こいつは義理堅いので、失恋話に付き合って貰った負い目があるのだろう。
毎回毎回律儀な奴だ。
「……上手くいかなかったらドドールの抹茶ラテ奢ってよね」
「お前が覚えてたらな。大きく深呼吸してリラックスしてくれ」
宥める様に佳奈の肩を軽く揉む。いつしか佳奈より、随分と俺は大きくなったもんだと華奢な肩を触る度に、毎回の如く思っていた。
いつから、こいつの身体に触れる事を躊躇い始めたっけ。
こんな機会じゃないと、触れられない。
そんな俺の心中など知らず、佳奈は言われるがまま肺に空気を貯めこみ、大げさに吐き出している。
「んじゃ、この五円玉を見つめてくれ」
「ん……」
多分、佳奈はバカバカしいと思っているだろう。昔から表情が面白い程顔に出る。
佳奈はぶら下げた五円玉を、眉をひそめて凝視していた。
「貴女は段々眠くなる。ねむくなーる」
……催眠術のコツは、相手の意識を一点に集中させ、その間の無意識な部分に情報を入れて行く。という奴らしい。だから、純粋で言う事をよく聞く奴ほど掛かりやすい。
「里中さ、やっぱり馬鹿にしてる?」
「いいから! ほら、五円玉を見つめる!」
「う、うん……」
左右に揺れる五円玉を、佳奈は目で追っている。
……そろそろいい塩梅だろう。
「俺さ、お前に言いたい事があるんだよね」
佳奈の返事はない。ただ一点、虚ろな目で五円玉の左右の動きを追い掛けるだけだった。
「毎回毎回。吉村吉村って。こうして催眠術掛けて裏で暗躍する俺の身にもなれっつうの」
……別に、積年の愚痴を佳奈にぶつけてやりたい訳じゃない。こういう時じゃないと、俺は本当の事を言えない、我ながら気の小さい男だと思う。
「昔から自己中で、俺の事振り回して、そのくせ自分が悪いと思ったら直ぐ謝って。顔が良いってだけで、直ぐ一目ぼれだーとか言いやがって」
いつからか、佳奈を異性として見るようになった。けれど、佳奈にとって俺はとことん眼中にないらしい。
運命が一方通行っていうのは、自分に対する最高の皮肉だと思う。
「俺さ、友達とか幼馴染とかじゃなくて、佳奈が好きなんだよ」
こんな近くに運命の人が転がっているのに、やっぱり一方通行だ。
けれど、運命って言うのは通過してから決まると、俺は思う。それが幸せであっても不幸であっても。
だから、同じ運命を繰り返すのなら、変える事も可能かもしれない。
「……貴女は、失恋した事を忘れます。そして、俺から催眠術を受けたことも忘れます。いいですね? 3・2・1――――」
少しでも可能性があるのなら、俺は何度も繰り返す。
会話も言動も変わるように、寸分違わず同じ運命など無いのだから。
――――――――――――――――――――。
◇
「……何してんの?」
気が付くと、里中が財布を取り出して私の前に立っていた。どうやらぼーっとしてたようで、窓辺からはサッカー部達の活気ある声が小さく聞こえてくる。
「佳奈が抹茶ラテ飲みたいって言うから、財布の中確認してんだよ。どうせ俺の奢りだろ?」
そういえば、そんな話をしていた気がするような、してないような……。
「そんな事言ったっけ……?」
「まったく、しっかりしてくれよ。昨日夜更かしでもしたんか?」
「んー……? しっかり寝たんだけどな」
「まぁ行こうぜ」
教室の後ろにある棚から自身のスクールバックの中から鏡を取り出して確認する。女子たるもの、お洒落な店に行くならば、身形を確認する必要があると思う。
「えっ。めっちゃ目腫れてる! やっぱ私寝てた?」
里中に確認する。こいつに腫れぼったい眼を見られても今さら何ともない。
だが、里中は私の問いに一瞬の間を作ると、目を逸らした。
「あ、ああ。十分ちょいくらい」
何だか的を得ない反応に、私は茶々を入れたくなった。
「何その反応。まさか私が寝てる間にやらしい事してたんじゃないでしょうね?」
「…………何もしてねえよ」
吐き捨てる様に背を向ける里中を見て、一気に頬が熱くなる。
信じられない。とか、気持ち悪い。とかでは無く、私をそういう目で見ていると思うと、自分の発言含め、恥ずかしくて居たたまれなくなった。
「ちょっ、ちょっと何よその返事! はぁ!?」
「ほら、置いてくぞ」
そそくさと教室を後にする里中の背を急いで追いかける。
……こいつの背中って、こんなに大きかったっけ。
催眠術でディスティニー ぼさつやま りばお @rivao
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