第78話 あれ、この小説ってラブコメだよね。なんか青春ミステリっぽくなってないですかこれ。

「この間、一緒に学食いたとき、サークルの後輩の篠路って奴に会ったろ?」

 部屋のテーブルを挟むように座るなり、星置は早速本題に入った。

 ああ、あのなんか元気なさそうにしていた後輩のことか。僕は頷いて、彼の話の続きを待つ。

「ここ最近……篠路がサークルに顔を出さなくなってさ……理由も教えてくれないんだ」

 深刻そうな雰囲気を醸しだして、星置はそう話す。

「他のサークルとか、バイトで忙しくなった、とかじゃないのか?」

 僕は、まず普通にありえそうな原因を指摘してみる。すると星置は力なく首を振り、

「いや……あいつ兼サーはしていないし、バイトだって単発の日雇いをいくらかこなしているだけのはず……。第一、サークルのなかで一番オレンジジュースに愛を注いできた奴が急に来なくなったら不自然に思うだろ?」

 ……彼、あの見た目で変人揃いのオレンジジュース研究会一のオレンジジュース好きなのか。人は見た目で判断しちゃいけないね……。

「俺以外のサークルメンバーも心配していて……どうしたもんかって思っていて……」

 僕はそこまで聞いて、じゃあと話をまとめにかかる。

「星置の相談したいことは、後輩の篠路君がどうしてサークルに来なくなったのかってことでいいの?」

「……まあ、それで間違ってはいない。でも、まだ続きがあるんだ。……これを、見てくれないか?」

 星置は持ってきたカバンから一枚のチラシを取り出す。それは、大学構内でも時折チラホラと見かける「いらなくなった教科書、売って下さい」と書かれたA4のチラシだった。

「これがどうかしたのか?」

 一見、何の変哲もないただのチラシに見えるけど。

「このチラシは、うちのサークルの部屋に落ちていたものだ。……で、俺が拾ったタイミングでは誰も部屋にいなかった。ただ……その直前に、サークル内で授業がないのが、篠路だけなんだ。つまり、これは篠路が落としたものである可能性が高いってものなんだ」

「……それで?」

「このチラシ、どこか変なところ、ないとは思わないか?」

 星置は僕に持ってきたチラシを渡し、そう尋ねる。……変なところ? 別に……何か怪しい文言はないし、普通にただの古本業者みたいに教科書を学生に売ってもらってそれをまた別の学生に売る、そんな内容に見えるけど……。あれ、でも待てよ……?

「これ『掲示用のチラシ』だよな?」

 覚えた違和感の正体を掴むために、僕は彼に確認する。彼は満足したように徐にああと頷く。

「……大学の、許可印がない……?」

 基本、大学構内の掲示板に掲示物を張る場合、大学のサークル管理部に提出し許可印を貰わないといけない。許可印のない掲示物は見つかり次第はがされて、貼りだした学生やサークルに注意がされる。

「そう。許可印がないんだ。……たまたま篠路が許可印の押されていないチラシを見つけてそれを回収したって可能性も否めないけどさ……でも」

「そんなことを考えるよりかは、篠路君自身がそのチラシを作る側の人間であるってことを考えたほうがわかりやすいよねってことか」

「……ああ」

「……星置、お前ってそんな頭回る奴だっけ、正直意外なんだけど……」

 なんか、星置とここまで真面目な話をするのが奇跡的というか、ちょっと信じられない。

「オレンジジュースのためなら本気を出すからな、俺は」

 ……オレンジジュースのためなのか、この時間は……。まあ、なんでもいいけどさ。

「兼サーはしていないっていう星置の説明と矛盾するってことね」

「……そうなんだ。別に、オレンジジュース研究会は兼サーを禁止していない。隠す必要は一切ないんだ。別にサークルでないにしても、やっぱり隠す必要はない。……そして、ここ最近元気がなかった篠路に、急に来なくなったサークル。……何か、あったんじゃないかった思って……」

「なるほど、ね……」

 僕はもう一度手渡されたチラシを見てみると、もうひとつ違和感に気づいた。このチラシ、代表者の名前や、団体名が記されていない。普通、大学内に掲示するチラシには、団体名と、その代表の名前、学部、学年と、ラインのQRコードやメールアドレスが記載されている場合が多い。まあ、勧誘という意味合いが強いともう目立つように載せることもあるけど、どんなチラシでも団体名を書かないなんてことはまずありえない。

 なるほど……妙だな……。

「篠路君と、連絡はつくの?」

「いや、既読すらつかない」

 最後に現状確認も済ませ、改めて話をまとめようとする。

「……じゃあ、星置が僕に相談したいのは、篠路君と、このチラシを発行している謎の団体か個人の関係についてってこと……でいいのか?」

「……ああ。こんなふわふわした内容じゃ、大学の学生相談室も聞いてくれなくて」

 その言葉は、どれだけ彼が篠路君のことを心配しているかを測るには、十分だった。

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