八ツ足様
話が長くなりそうだと感じた私は、途中で
「では、今日がお祭りの初日ということですか?」
私は心中では興味を失いながらも、
「いえ、それがですね、お祭りではあるらしいんですけど、より神事色が強いと言いますか。そうか、お祭りで神事色という表現はおかしいですね」
真々白氏が自省するように祭り自体が神事なのだから、神事色が強いでは意味が通らない。
「そうですね、たとえば、お祭りの賑やかで騒がしい側面を
「まあ、なんとなくですが、わかります」
「ええ。なので、露店が出たり、祭り
聞いた限りでは地味な祭りのようだが、そんなものをこんな山奥までわざわざ見に来ようという人間が私と真々白氏を別として、少なくとも十四名もいることが驚きである。そういえば中村も祭りを見に来たのだと言っていた。
「えっと、それだと、何が
「見所ですか? ほら、ご覧になりませんでした? 広場で
「ああ、なるほど。あれはやっぱり祭りの一部だったのか」
「ええ、オクリという儀式らしいですよ。教えてくれた女将本人は、まだ一度も見たことがないそうですけどね」
儀式の名称などどうでもいい。短時間で多くの耳慣れない単語を聴いたせいですでに頭に入ってこないのだ。
「それで、何の話でしたっけ? 今日がシズメで、明日が?」
「フウジです。封印のフウでフウジです」
私はうすうす、真々白氏は知っていることをすべて喋り尽くすまで口を閉ざさない
「明日のフウジなんですけど、順番に伝承から話しますね」
さっき残酷な内容だとか言っていた気もするが、いくら酷い話であっても空想なのだから構いやしない。
「ええと、
それにしても、英雄が呼び捨てでバケモノには様をつけるのは何とも奇妙な感じだが、おそらくそれは元凶が間賀津四宮彦その人だからなのかもしれない。
「妖力を帯びた化けグモは死してなお、その
話がだいぶオカルトじみてきているが大丈夫だろうか。言ってはなんだが、こんな馬鹿げた話を伝承と信じて熱っぽく語る真々白氏が恐ろしい。
「話のキモはこの禁呪の外法とやらなんですよ」
そんな言葉は漫画や小説でしか見たことがない。私は真々白氏の声が聴こえるほうから顔を背けながら、暗いおかげでにやけた表情を見られなくてよかったと安堵した。
「まず四宮彦はですね、八ツ足様の強大な妖力を弱らせるために、その亡骸から脚を
私はもう少しで吹き出してしまいそうになるのをどうにか
「あ、怖い話、苦手でした? それとも夏風邪ですか? ずっと鼻声のような」
どうやら真々白氏は私が恐怖に震えたと勘違いしたらしい。鼻声なのは口だけで呼吸をしているせいである。臭み消しの強烈な消毒臭が湯から立ち昇っているはずだが、真々白氏はよく平気で話を続けられるものだ。
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫ですか? 本当に恐ろしいのはこの後ですよ。神霊となった四宮彦には
真々白氏はそこで言葉を切り、「どうしたと思います?」と私に訊ねてきた。
「どうしたって、さあ? 火をつけて燃やしたとかですか?」
「
生け
「生気の
「つまり、最後は四宮彦も人柱になった、ということですか?」
「さあ、それはどうなんでしょうね? タクシーの運転手は『黄泉の国へ持ち去った』と言っただけですから」
どちらであっても私には関係のないことだ。ともかく、これでフウジの話も終わりだろう。残酷な内容ではあったが、この程度の物語であれば素人にだって思いつく。古くからの伝承などではなく、最近になって誰かが後付けで作った話だと言われたほうがまだ説得力がある。
「でもまあ、それでめでたし、めで」
「足らなかったらしいんです」
「え?」
「八人では足らなかったんですよ」
人柱となった子供のことか。話の続きがあるのだとすれば、さらに人柱を増やしたといったところだろう。空想上の犠牲が増えて悲しさを感じなくとも、それは情緒に欠陥があるのではなく、単に私が物事を現実的にしか考えられないつまらない人間だというだけのことである。
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