帷
灯りを消すと、闇の中に漂っているような気分になる。
リューゲンは、夜の感覚が好きだった。
副官だったときの居室を、そのまま使っていた。どうでもいいことだが、死んだハンス・ヴルストと、ラルフ・イェーガーの居室は、赤竜軍の者が知らぬ間に居座っている。
赤竜軍は遠からず進軍を決断する。ただ、それを待っていた。自分が何か手を下すことなどない。放っておいても、
次は、どこを揺さぶるか。リューゲンの関心は、もうこの街などにはない。同志は、国土の至る所にいる。混乱さえ起こせば、この国が内側から崩れていくのを、眺めているだけでよかった。
赤竜軍のためなどではない。別に、あの蛮族どもが勝とうが負けようが、どちらでもいいのだ。ただ混乱と無秩序を、この国に巻き散らす。自分の望むものは、その先にある。
窓の
「如何なる御用で」
姿を見せないものに向かって、リューゲンは
「グィーが死んだ」
「マルバルクの城に混乱をもたらしたのは、あの方であったとか。それが、
「炎に焼かれて死んだ。青の竜の子だ。生きていた」
声から、憎悪が滲み出ていた。
「あの“風”をもっても、死なぬとは。ティーナの申していたことは、事実であったよ」
「しかし、かの者はまだ、年端もいかぬ
「傍に、剣士がおる。相当に腕の立つ男だ」
俄かには信じがたい話であった。赤の竜の子たる“
そもそも、腕が立つかどうかなど、問題ではないはずだ。“
「神剣は。たしかに北に封ぜられているのだな」
「それは。あれを持ち出せる者など、ひとりもいません」
「同志が、常に眼を光らせております。神剣は、たしかに北の都より動かされておらぬと」
「所詮は、人間の言うことよ」
リューゲンは、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。ばかな、という思いだけがある。神剣は、誰も触れられぬところにある。しかしその剣士は、“
「どうか、たしかな情報を得て参りますゆえ、お待ちを」
「もうよい。
竜の子は死んだ。神剣は封ぜられたままだ。そのはずだった。それがなぜ、双方とも現れるようなことになっているのだ。
「あの方の復活の障りとなるものは、すべて排除せねばならん。国であれ、人であれ、剣であれ。青の竜の子ともなれば、猶更である」
居室の闇が、濃くなった。リューゲンの全身を悪寒が駆け巡る。叫び声をあげたくなるほどの恐怖が、込み上げてきた。
「“獣の王”のために。一層の働きを頼むぞ、人間よ」
(獣の王 了)
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