灯りを消すと、闇の中に漂っているような気分になる。


 リューゲンは、夜の感覚が好きだった。とばりも下ろし、視界は黒洞々こくとうとうとしている。闇と一体になるようでもあり、自分のような者には、ちょうどよかった。


 副官だったときの居室を、そのまま使っていた。どうでもいいことだが、死んだハンス・ヴルストと、ラルフ・イェーガーの居室は、赤竜軍の者が知らぬ間に居座っている。


 赤竜軍は遠からず進軍を決断する。ただ、それを待っていた。自分が何か手を下すことなどない。放っておいても、南方人ズートは勝手に動き出すだろう。動かすまでが、自分の仕事だった。


 次は、どこを揺さぶるか。リューゲンの関心は、もうこの街などにはない。同志は、国土の至る所にいる。混乱さえ起こせば、この国が内側から崩れていくのを、眺めているだけでよかった。


 赤竜軍のためなどではない。別に、あの蛮族どもが勝とうが負けようが、どちらでもいいのだ。ただ混乱と無秩序を、この国に巻き散らす。自分の望むものは、その先にある。


 窓のとばりの向こうに、重い気配を感じた。リューゲンは、横たえていたからだをすぐに起こす。直立し、拝礼する。


「如何なる御用で」


 姿を見せないものに向かって、リューゲンはいた。圧し掛かってくるような気配だけがある。


「グィーが死んだ」


 とばりの向こうの声は、からだに直接響いてくるようだった。リューゲンは、小さくない驚きを持ってそれを聞いた。


「マルバルクの城に混乱をもたらしたのは、あの方であったとか。それが、何故なにゆえ


「炎に焼かれて死んだ。青の竜の子だ。生きていた」


 声から、憎悪が滲み出ていた。


「あの“風”をもっても、死なぬとは。ティーナの申していたことは、事実であったよ」


「しかし、かの者はまだ、年端もいかぬわっぱであったのでしょう」


「傍に、剣士がおる。相当に腕の立つ男だ」


 俄かには信じがたい話であった。赤の竜の子たる“黒い獣フィスト”の一人を、剣で殺すことのできる人間がいるなど、思いもよらないことだ。


 そもそも、腕が立つかどうかなど、問題ではないはずだ。“フィスト”を屠ることのできる剣は、この世にただひとつしかないのだ。


「神剣は。たしかに北に封ぜられているのだな」


「それは。あれを持ち出せる者など、ひとりもいません」


 とばりの向こうの声は、苛立っていた。


「同志が、常に眼を光らせております。神剣は、たしかに北の都より動かされておらぬと」


「所詮は、人間の言うことよ」


 リューゲンは、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。ばかな、という思いだけがある。神剣は、誰も触れられぬところにある。しかしその剣士は、“黒い獣フィスト”の身をく剣を持っているという。


「どうか、たしかな情報を得て参りますゆえ、お待ちを」


「もうよい。われ直截ちょくせつ、この眼で見るしかあるまい。その剣とやら。おぬしらは、都へ参れ」


 竜の子は死んだ。神剣は封ぜられたままだ。そのはずだった。それがなぜ、双方とも現れるようなことになっているのだ。


「あの方の復活の障りとなるものは、すべて排除せねばならん。国であれ、人であれ、剣であれ。青の竜の子ともなれば、猶更である」


 居室の闇が、濃くなった。リューゲンの全身を悪寒が駆け巡る。叫び声をあげたくなるほどの恐怖が、込み上げてきた。


「“獣の王”のために。一層の働きを頼むぞ、人間よ」




(獣の王  了)

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