第7話①

 アリサの言葉を聞いても、シロウは微動だにしなかった。

 だから自分の決意をわからせるために、アリサはランチャー画面を操作した。

 出現させたのはサイドカー。しかも、ただのサイドカーではない。側車に機関銃を取りつけた、バリバリ戦う仕様のものだ。


「シロウ、これで敵のところまで行こう。シロウが運転して、私を敵のところまで連れて行って。そしたら私はこれで撃って、撃って、撃って、絶対に敵を倒すから」


 アリサが力強く言えば、それまでうなだれていたシロウがようやく顔を上げた。そして、目の前のサイドカーを見て、顔をくしゃっとさせて笑った。


「……お前、バイクの好みはもうちょっと可愛いのかと思ってたわ」

「実際に自分が乗って街を走るなら可愛いほうがいいけど。今もベスパの150TAPを出そうかと思ったんだけど、自分で運転できる自信がなくて」

「……無反動砲を積んだベスパを可愛いって言うのか?」


 アリサの冗談を聞いて、ようやくシロウは元気を取り戻したようだ。立ち上がり、本車にまたがる。


「一応原付の免許は持ってるけど、二人乗りなんてしたこともなければ、サイドカーなんて未知だぞ? だから、運転の感覚わかんねえから、しっかり掴まっとけよ」

「うん!」


 アリサも気合い入れて、側車に乗り込んだ。

 身体はまだ痛くて怠い。でも、これからのことを考えるとワクワクして、その高揚感がそれらの不快感を忘れさせてくれそうだった。

 今から対峙するのは敵だ。当然怖い気持ちはある。それでも、強大な敵に立ち向かうという現実ではできない体験が、アリサの気持ちを高ぶらせていた。


「よし、行くぞ」


 シロウのかけ声と共にエンジンがかかり、サイドカーはゆるやかに発進した。


「う、わっ……バイクって、乗り心地あんまりよくないね」


 鉱石の丘から続く道はガタガタで、大小様々な石にタイヤを取られることが多かった。もっと颯爽と風を切って走るのを想像していたアリサは、震動にブルブルする身体に少なからずショックを受けていた。


「舗装された道だったらこんなんじゃねえから」

「あ"あ"あ"あ"ー」

「おい、やめろ。舌噛むぞ」


 扇風機の前で声を変にする遊びの如く、アリサは震動を利用しておかしな声を出して笑っていた。そんな子供じみたことをしてしまうのは、すべて高揚感のせいだ。

 しかし、そんなふうにふざけていられたのはそのときだけだった。


「アリサ、あれを見ろ!」


 シロウが顎をしゃくって示した先には、高く聳える白い山があった。

 いや、山ではない。山はまずあんな煤けた白色をしていないし、ぬらぬらとしたものに表面を覆われていない。そして何より、不気味に蠢いたりしない。


「……あれが、ジャバウォック」


 遠目に見ても気味の悪いそれを、アリサは畏怖と嫌悪の眼差しで見つめた。普通に考えれば見ることなどできない敵が、こうして可視化されているというのは何ともいえない感覚だ。


「あいつ、まだ完全に起きてねえのかな。動きが鈍くて今が狙い目なんだろうけど……先にあれらをやっちまわないとな」

「うん」


 ふたりが見据えるのは、波打つように近づいてくる何かの群れ。距離を縮めると、それらが大きなトカゲのような生き物だとわかる。でも、どこか歪で気持ち悪い。


「うわ……」


 そのトカゲたちが気色悪く、生理的嫌悪を与えるのは、足が四本ではなくざっと見ても十本は生えているからだ。その上、それが爬虫類のものではなく、人間の手足のような形をしている。その不気味な手足は、背ビレのように背中にも生えている。


「気づかれた! 来るぞ!」


 向こうがこちらに来ていてもバイクのほうが移動速度で分がある――そう思っていたのだけれど、その考えは簡単に打ち砕かれた。

 トカゲは、あろうことか飛んだのだ。

 背中のヒレをばたつかせ、ギチギチと得体の知れない音を立てながら飛翔している。

 狙いはあきらかにアリサたちだ。

 鋭い爪と牙の餌食になるものかと、アリサは機関銃を構えた。

 タタタタタタタタタタッ!!

 ひとたび引き金を引けば、ものすごい速さで弾が射出されていく。当たらないものも多くあったけれど、向かってくる敵はすべて弾に撃ち抜かれ、肉片になって飛んでいった。

 タタタタタタタタタタッ‼

 メリッ。ビチャッ。

 ギャリギャリギャリッ‼

 機関銃の音。肉が割れ、砕け散る音。バイクのタイヤが石の多い地面の上を滑る音が、あたりに響いていた。

 近づいてくるトカゲを端からアリサが撃ち殺していくけれど、それだけでは逃れることはできない。

 迫りくる群れから逃れるため、シロウは必死にハンドルを切っていた。


「クソッ!」


 シロウは腹立たしげに呟いて、ハンドルから片手を離した。そしてポケットから取り出したのは、ドワーフじいさんにもらった手榴弾だ。


「埒があかねえ!」


 シロウはピンを抜いて、手榴弾を少し離れたところへ投げる。

 ズガーンッ‼

 爆風が上がり、砂埃とともに醜いトカゲが何匹も何匹も吹き飛んでいった。

 衝撃で粉々になったもの。即死したもの。致命傷を負いながらも一撃加えようと牙を剥き、爪を伸ばしてくるもの。

 アリサはそれを機関銃で撃ち払う。

 バイクの操縦の合間に、シロウは二個目三個目の手榴弾を放った。

 衝撃、爆風、巻き上がる砂と石とトカゲの肉片。

 黒い波のように押し寄せてきていたものたちは、少しずつ少しずつ数を減らしていった。


「アリサ、ちょっと引きつけといてくれ!」


 シロウはバイクを止めると、AA−12を構えた。

 意図を理解したアリサは、シロウへ迫るものを中心に撃っていく。

 数は減らした。あとは、ふたりで力を合わせてすべて仕留めるだけだ。

 タタタタタタタタタタッ‼

 シャコンシャコンシャコンシャコンッ‼

 機関銃とショットガンが、向かってくるトカゲを撃ち抜いていく。けれども、ふたりがバイクの機動力を失った今、ギチギチ羽ばたくトカゲたちもまた、アリサたちに肉薄することができていた。


「アリサッ‼」


 トカゲの一匹が、横腹に穴を空けられつつもアリサに爪を伸ばし、牙を剥いていた。それから守るために、シロウは咄嗟にアリサを突き飛ばし、その上に覆い被さった。


「くッ……いってェ!」


 鋭い爪が、シロウの脇腹を抉った。爪が布を、肉を裂き、激しく血が迸る。


「やめて! シロウに、ひどいこと、しないでーッ‼」


 シロウに庇われ組み敷かれたその下から、アリサは腰から抜いた銃を撃った。それだけでは足りず、拳を握ってそれを何度も何度も打ち下ろした。

 憎しみが、熱いマグマのように噴き出す。それによってアリサの頭は沸騰したようになり、何も考えられなくなっていた。

 メチッ、ビチッ、グチョ。

 細い腕がトカゲの肉を打つ音が響く。トカゲは引き攣るように苦しげに体を震わせてから、やがて動かなくなった。それでもなお、アリサは拳を打ち下ろし続けた。


「……アリサ、もういい。痛い痛い痛い……」

「あ……ごめん!」


 怒りに支配されることも、こんなふうに暴力を振るうことも、アリサには初めてだった。だから、その不慣れで闇雲な拳はトカゲだけでなく、シロウのことまで殴ってしまっていた。


「ごめん……シロウ、怪我してるのに」

「いいって。それより、全部やったのか?」

「うん、たぶん……」


 怪我でふらつくシロウを支えながら、アリサは一緒に起き上がった。周囲を見回すと、辺り一面トカゲだらけだった。しかし、動いているものは一匹たりともいない。

 どうやら、無事に一掃できたらしい。


「アリサは、怪我ないか?」

「うん。シロウが庇ってくれたから」

「ならよかった。いてててて……」


 シロウはアリサの無事を確認して、それから脇腹を押さえて痛がった。それを見て、アリサはつい涙ぐむ。


「ごめん、私のせいで」

「いいって言ってんだろ。それより、手当てしてくれよ」

「うん」


 言われるまま、アリサはランチャー画面を操作して救急キットを取り出した。

 とはいえ、怪我の手当てなどしたことがないから、おっかなびっくり傷口を消毒液で拭い、ガーゼを当て、きつめに包帯を巻くことしかできなかった。その様子を見て、シロウはニヤニヤしていた。


「シロウ、何で笑ってるの? 手当てが下手だから?」


 何だか恥ずかしくなって慌てると、シロウはますます笑った。笑うと傷口に響かないかと心配になるけれど、そんなことはお構いなしだ。


「いや、違う違う。アリサがこんなことしてくれるの、俺だけなんだろうなって思うと嬉しくて」

「こんなことって?」

「怒ったり、怒りのあまりパンチしたり、怪我したら泣いてくれたり。アリサはあんまり怒ったりする子じゃないし、ましてや拳を振るったことなんてないだろ? それなのに、さっきは我を忘れたみたいになってたからさ」

「だって、それは……相手が誰でも、何であっても、シロウのこと傷つけるのは許せなかったんだもん……」

「だから、その気持ちが嬉しかったってこと」


 正面きって言われると恥ずかしくて、アリサの顔は真っ赤になった。それを見てシロウはまた嬉しそうに笑って、アリサの髪をくしゃくしゃと撫でた。

 シロウのことが大切でたまらないし、シロウも大切に思ってくれているのだ――そのことを改めて感じて、胸の中心がジワッと熱くなる。

 でも、その気持ちを確かめるのも噛みしめるのも、やるべきことを済ませてからだ。


「――そろそろ、あいつが目覚めて動き出すな」


 視線を上げ、シロウが遠くを見やった。

 遠く、蠢く白い山がある。眷族たるトカゲたちとアリサたちが攻防戦を繰り広げたというのに、まるで眼中になかったとでもいうように動いていない。

 けれども、シロウの言う通り目覚めつつあるというのも確かだ。山の高さが、少しずつ高くなっていっているのだ。

 それは、ジャバウォックが畳んでいた脚を伸ばし、立ち上がる前兆。丸めている首をもたげ、こちらに気がつく合図。


「弾薬の補充を。先に仕掛ける!」

「わかった」


 言ったと同時に、エンジンをかけサイドカーは発進する。揺れる側車の中で、アリサはランチャー画面を操作して弾薬を取り出し、それぞれの武器に補充した。

 サイドカーは岩だらけの道を走り、ジャバウォックに近づいていく。

 近づくにつれつぶさになっていくその姿に、アリサもシロウも息を呑んだ。


「……でけぇ……」


 遠目に見て山だと感じるほどだ。近づいてみると山ではないとわかるものの、軽く五階建てビルくらいの高さはありそうだ。


「シロナガスクジラくらいあるのかな」

「バカ言え。シロナガスクジラだって体高五メートルくらいだぞ。こっちのが遥かにデカい。それに……ブッサイクだ」


 トカゲたちが眷族なだけあって、その姿はまさしく爬虫類の王たる姿――竜だ。といっても、ただの竜ではない。

 ぬめりけのある鱗に覆われた、鋭い爪を持つ、小さなくぼみのような目と齧歯類のような歯をした、絶妙に醜悪な竜だ。

 バイクが近づいてくる気配を感じとったのか、ジャバウォックが本気で動き始めた。

 一歩動くごとにミシーンと大地が揺れる。

 動き自体は緩慢だ。しかし、その動きひとつひとつが大きく、衝撃に耐えなければならなかった。


「あのブサイクな顔をまともに見て戦えそうにない。側面に回り込むぞ」

「うん」


 ジャバウォックが動くのより早く、ふたりを乗せたサイドカーはぐるりと大回りする。ミシーンミシーンという足音と振動が、それを追いかけるように続く。


「近づけるだけ近づいてみる。ここだと思う場所で撃ち始めろ!」


 醜い顔が見えなくなったところで、シロウは今度は全力で直進を始めた。

 機関銃の弾でどこまでやれるのか。飛距離は、威力は。このデカブツに対して、どこまでやれるのか。

 そんなことをアリサは考えたけれど、そんなもの考えるだけ無駄だ。やってみなければわからない――そう気づいて、まず引き金を引いてみた。

 タタタタタタタタタタッ!

 乾いた音とともに弾丸は射出されていくものの、それらはすべて硬い鱗に弾き返された。


「一回離れるぞ! ヒット&アウェーだ。ゲームを思い出せ」


 腹の下に潜り込むかというところまで来て、シロウは大きくハンドルを切ってジャバウォックから離れ始めた。


「……弾の種類、変えてみる!」


 シロウの言葉で、ふたりでよく遊んだ狩りゲーのことを思い出した。

 狩りゲーの醍醐味といえば、協力プレイで大型の敵を狩ることだ。シロウはボーガンや銃などの遠距離武器で、アリサは大剣やハンマーなどの近接武器で、これまで数々の敵を狩ってきた。

 戦うときの鉄則は、ヒット&アウェー。深追いしすぎず、近づいて叩いたら一旦退く。そしてまた近づいて叩く、を繰り返すというのが基本だ。

 遠距離からまずシロウが攻撃を仕掛け、それによって敵が怯んだり動きを鈍らせたりしている隙に、アリサが接近して叩く。

 途中で攻撃をする前兆を見せれば、その攻撃が発生する前にシロウが撃ち、敵の気を逸らさせるのだ。それで再びアリサは距離を取り、次の攻撃に備える。

 そのゲームでのルーチンを頭に浮かべたことで、アリサは思い出したシロウが的確に数種類の弾を使い分け、敵を削り、アリサの援護をしてくれていたことを。


「もう一回行くぞ!」

「――これなら、いけるはず!」


 サイドカーは、再びジャバウォックへと近づいていく。アリサはサンダー50BMGを構えて、醜い竜のぬめる体表を見つめた。


「よしッ!」


 力いっぱい狙いを定めて、アリサは引き金を引く。狙いは、人間でいうところの脇腹だ。どれだけ分厚い鱗に覆われていても、脚の可動域を確保するためにそのあたりは他の部分より柔らかいはずだ。

 アリサの読み通り、対物ライフルの弾はジャバウォックの体表に着弾し、ドガーンという音を立てた。


「ぶぼおぉぉぉッ!」


 弾を受けたジャバウォックは、咆哮を上げる。激しく空気を震わせ、衝撃波すら起こすかのような轟音。

 しかしそれは、断末魔の叫びではなかった。


「……だめだった?」


 倒れる気配すらないその様子に、アリサは両手で耳を覆って震えた。それは衝撃によるものなのか、恐怖によるものなのか、自分でもよくわからない。


「いや、効いてる! 効いたけど……相手の装甲のほうが厚いって話だな。畳み掛ければ、勝機はあるっ‼」


 慄くアリサとは違い、シロウは折れていなかった。ハンドルを大きく切って距離を取り、再び攻撃するチャンスをうかがっていた。


「見てみろ。さっきアリサが撃ったとこ、ちゃんと傷がついてるってことは、何回も撃てば鱗も剥がせるってことだろ。鱗さえ剥がせたら、肉も穿てるはずだ」


 言われてみれば、確かにジャバウォックの体表にはかすかに傷がついていた。でもそれは、小さな小さな傷だ。おそらく、人間でいえば指先を紙で切ったくらいの傷。


「……ジャバウォックって、痛がりなんだね!」


 再びサンダー50BMGを構え直してアリサは叫ぶ。

 ちょっとの傷で大袈裟に騒ぎやがって――そんな思いが浮かんだのだ。

 ジャバウォックは敵、病魔だ。小さな頃からアリサを苦しめてきた、嫌な悪い存在。こいつのせいで、これまでの人生、ずっと痛くて怠くて苦しかったのだ。人並みのこともできず、小さな世界で生きていくしかなかったのだ。

 それなのに、アリサを苦しめ続けてきた病魔は、アリサがちょっと牙をむいたくらいであんな声を出した。そのことが許せなくて、アリサの中で怒りのボルテージがぐんぐん上がっていった。


「もっと痛がればいいっ!」


 咆哮が収まったところでサイドカーが近づいていき、再び脇腹を射程に捉えると、アリサは恨みを込めて引き金を引く。

 着弾し、鼓膜を揺らす轟音が響く前に次弾を装填して、もう一度引き金を引いた。


「ぼばおおぉぉォッ‼」


 身をよじり、のたうつようにジャバウォックは体を揺さぶった。


「うわっ!」


 地団駄を踏むように何度も何度も足を踏み鳴らすから、距離を取ろうとしていたサイドカーはトランポリンにでも乗っているように、二度三度の地面で跳ねる。しかし、トランポリンではないから衝撃は死なず、それはすべてアリサとシロウの身体にぶつけられた。


「……鞭打ちになりそうだ」

「ごめん」

「いいよ。でも、闇雲に撃ってもダメだ。部位破壊を目指せ。なるべく同じ場所を撃たないと弾が無駄になる」

「わかった!」


 アリサとシロウは衝撃と震動でおかしくなった身体を少しでもどうにかしようと、頭を振って形勢を立て直した。

 それから、何度かヒット&アウェーでの攻撃を繰り返してみた。

(どうしよう。どうしたらいい?)

 声に出さず、アリサは心の中で考えた。

 攻撃するたび、ジャバウォックはあのおぞましい咆哮を上げる。ということは、痛みは与えられているのだ。でも、手応えが感じられない。それどころか、攻撃するたびに暴れる相手に対して、仕掛ける側の消耗があまりにも激しすぎた。このままでは、鱗を剥がす前にこちらが疲れ果ててしまう。


「鎖とか、撃ち込めたらいいのに」


 ふたりでやった狩りゲーのことを思い出して、アリサは歯噛みした。

 大型のものを狩るとき、弩弓や大砲を必ず用いるのだ。弩から放った鎖で一時的に止めたり、砲弾で怯ませたりした隙に集中的に攻撃することができるから、自分たちの消耗を抑えられ、攻撃のリズムも作りやすい。

 ところが今は、近づいて攻撃するのがやっとだ。おまけにシロウとふたりがかりではなく、アリサひとりきりで。シロウに運んでもらわなければ近づくことも距離を取ることもできないから、彼に加勢してくれとは言えない。


「弾、もっと大きいのを撃てるのに変えられないか? そしたらたぶん、もっと痛めつけられる」


 何度も脇を撃たれ、ジャバウォックはイライラしたように動いていた。まるで目の前でうろつく蝿をどうにかしたいというような、そんな動きだ。

 そんなジャバウォックに追いつかれないように、常に側面に張り付くことを意識してハンドルを切りながらシロウが言った。


「ゲームでも、弾の種類にこだわるのは大事だろ?」

「うん。シロウはいつも、状況に合わせていろんな弾を使い分けてた」

「ゲームみたいに炸裂したり毒状態にしたりスタミナ奪えたりするんならいいんだけどな」


 シロウに言われて、アリサは考えた。自分の知っている武器で、今ここに出現させて扱えるものを。そして、ジャバウォックにもっと傷を与えられるようなものを。


「――これなら!」


 アリサが出現させたのは、カールグスタフ。バズーカではなく、ロケットランチャーではなく、無反動砲。発射ガスを逃がす機構になっているから、肩に担いでも大丈夫なようにできている。

 込める弾は、対戦車榴弾だ。内部の炸薬が爆発するときの熱や衝撃波を一点に集中して装甲を破るための弾。


「ごめん、シロウ。できる限り近づいてほしい」


 無反動砲はエネルギーのロスが大きいし、射程が短い。おまけに弾体のサイズが大きいため、基本的には単発の武器だ。つまら、一撃必中を目指すしかない。


「よっし、わかった! ギリギリまでにじり寄るからなッ」


 気合いを入れて、シロウは速度を上げる。先ほどまでとは違い、回り込んで正面を取ろうとしているのかわかった。自分の尻尾を追うように緩慢な動きで回っていたジャバウォックが、戸惑っているのが見て取れる。


「今だ! 心臓を狙える!」


 醜い窪んだ目が、アリサたちを捉えた瞬間。

 シロウの声を合図に、アリサは引き金を引いた。

 ズゴーン。

 瞬くオレンジ色の爆発。ほぼ同時に起こる後方爆風(バックファイア)。

(当たれ。――当たる!)

 まるで弓を射る射手のような気持ちで祈れば、対戦車榴弾は導かれるようにジャバウォックの胸に吸い込まれていった。


「ぐ、ボオオォォッ‼」


 弾は着弾し、小さく火を上げて爆ぜた。衝撃波がジャバウォックの硬い鱗を、その下の肉を、抉り取った!


「ぐおぉぉぉぉ……!」


 病竜は喘ぐように天を仰ぎ、繰り返し叫んだ。叫んでも叫び足りないとでも言うように、何度も泣き喚く。


「やった!」


 それもそのはずだ。胸に空いた大穴から、噴き上げるように血を迸らせているのだから。


「アリサ、危ないッ」


 勝利を確信して喜んでいるアリサの隣で、シロウはジャバウォックに鋭い視線を向けたままだった。警戒して大きくハンドルを切って叫んだ直後、何かがふたりのほうへ勢いよく飛んできた。

 大きな石だ。苛立ちまぎれにジャバウォックが足を振るって。ふたりのほうへ石を飛ばしてきたのだ。


「ぐぁっ……」


 石が、大きな石が、シロウの身体に直撃した。

 ハンドルを切って逃れようとしていたため、アリサを庇うようにしてシロウは自分の身体で石を受け止めるようになった。


「シロウ! 大丈夫……?」


 ジャバウォックから離れるように走って、サイドカーは止まった。シロウは気力で、安全圏まで運転したのだ。


「大丈夫……じゃ、ないな……」


 シロウは笑ってみせようとして、失敗したように顔を歪めて腹を押さえた。

 よく見れば、黒いシャツがじっとりと濡れるほど血が滲んでいる。先ほどの衝撃で止血していた傷口から、また出血したのだろう。


「あいつ、やってくれるよな……動きも鈍いし、特に攻撃手段もないと思ってたのにさ」

「ごめん! 私がなるべく近くに行ってなんて言ったから。手当てしよう! 回復薬とかそういうの、ないか見てみる!」

「いいって。……それより、もっとやるべきことあるだろ。それにもう、時間がない」


 シロウの怪我に怯え慌てるアリサを、彼自身がなだめた。そして指差すのは、アリサの首からかかった懐中時計と光射す地平線。

 薬を投与されてもおかしくない時間だった。そしてあの遠くに見える光明は、文字通りこの場においての光なのだろう。


「ねえ、あの光が見えたってことは、きっとゲームでいうところのクリアなんだよ。だから帰ろう。シロウも一緒に」


 言い方が気になって不安になって、アリサはシロウの腕を掴んだ。けれども、シロウは優しく笑ってその手を解く。


「だから、俺はやることあるって言ったろ。――あいつを仕留めるんだ。そのために、俺はここに来た」


 そう言って腰のポーチから取り出して掲げるのは、ドワーフじいさんからもらった爆弾。

 シロウが何をしようとしているのかわかって、アリサは首を振った。そんなことはダメだ。そんなことをさせてはいけない。

 泣きそうになりながら首を振るアリサを見て、シロウはますます笑みを深くする。


「じいちゃん、いいものくれたよな。お前の夢の中でも俺のじいちゃんが頼れる存在でよかったよ」

「ダメだよシロウ! 危ないよ! シロウがそんなことしてくれなくてもいいの! 死んじゃうよ!」

「死なねえって。先に戻ってさ、俺のこと目覚めさせてくれよ。できれば、他の誰かにベッドの下にいるのを見られる前に起きときたい」

「あ……」

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