第61話 楽しい時間

私は出来る限り美しく装い、おじい様の前に立った。


私をじっと見つめるおじい様。

おじい様を見つめる私。


私は極上のカーテシーを取り、挨拶をする。


「初めましておじい様。ジュリエッタでございます。」


おじい様はとても素敵な笑顔を浮かべながら、私に近づいてくる。

そしてしっかりと私を抱きしめた。


「ようやく会えた。」


「ええ、ようやく…。」


たとえお手紙だけのやり取りだけでも、私はおじい様が大好きだった。

そうで無ければ、何度もお手紙を出しはしない。


「おじい様まで巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。」


「いや、少しでもお前の力になれた事が、嬉しかったよ。」


お話をしながら、私達はソファに移動し、

二人で並んで腰を下ろし、話に花を咲かせる。

しかし話は、やはり私のこの騒動の件だ。


「聞いていた以上に、かなりの災難の様だな。」


心配そうになさるおじい様。

普通だったら孫娘の嫁入り話は、祝福されるものだろうが、

私の場合は普通では無かった。


「とにかくお前が無事だったのが救いだ。

ここでの生活はどうしているのだ?

話では、ここで教師の真似をしていると聞いたが。」


「あら、嫌ですわ。

昨日聞いたお話は、お忘れになったのではなくて?」


「年寄りをそう揶揄うものでは無いよ。」


ルイ―ザの用意してくれた夜食を食べながら、

おじい様と時間も忘れ、色々な話をした。


手紙などで、あらかたの事は知っているだろうおじい様は、

あえて詳しくはその事に触れはしなかった。

しかし、やはり孫娘のこれから先の事は心配なのだろう。


「ここでやり甲斐が有る仕事を持った事は分かった。

だが、それをずっと続けて行って大丈夫かい?

いつ追っ手が再び来るか分からないだろう。

何と言っても、ここは他人様の家だし、お前を守れる人がいない。」


まあ、それはそうですけれど、


「でも、ここには私の生徒がおります。

私がしなければならない事が有ります。

私はそれを、途中で投げ出したくありません。」


「本当にお前は、いい子だ。

いいとも、お前のやりたいと思った事をしてごらん。

その為にはわしも力を貸してあげるから。」


「まあ、大丈夫ですわ。

おじい様の手を煩わせずとも、私には頼りになる人もいますもの。

先ほどもご覧になったでしょう?」


「あぁ、確かにさっきは愉快だったなぁ。」


でしょう?

確かに心配な部分も有るけれど、

でも、私は今を捨てがたいのです。


「私は今、とても充実しているのですよ。

毎日のように働き、とても忙しいけど、それなりに達成感も有ります。

それは誰かに言われた物では無く、自分で決めた事ですもの。

ですから今暫くは、我が儘と言われても、これを続けて行きたいの。」


「いい、いい。

お前の好きにやってごらん。

お前にはそれを望む権利があり、

始めた以上、やらなければならないのも義務だ。

お前はもう少し我が儘でいてもいいぐらいだよ。」


「ありがとうおじい様。

そんな事を言ってくれるのはおじい様ぐらいだわ。

おじいさま大好き!」


そう言って私は隣に座るおじい様に抱き着いた。


「それに比べ、お母様も、おばあ様も、スティールも、

私を利用し陥れるばかりで………。」


「そんな捻た考えをする物では無いよ。

あれ達にも、何か考えが有ったのだろう。

第一、方法が間違っていたかもしれないが、

娘の幸せを望まない親などいないのだから。」


「嘘、人を利用し、自分の益にしようとする人は沢山いますわ。

私は今まで、嫌と言うほど見てきましたもの。」


「おやおや、これは根が深そうだね。

まあこれは有奴らのせいでもあるな。

いいだろう、これもいい薬になる。

お前はもっと自分がやりたい事をやって、有奴らを翻弄してやりなさい。」


おじい様の言葉は奥が深く、分かりそうで分からない事が有る。

とにかくニュアンス的には、私のしている事をを賛成してくれているようだ。


「だけどね、ジュリエッタ。

出来ればこの爺の願いも一つ叶えてもらえないだろうか。

このわしが元気なうちに、わしの家に遊びに来てくれると嬉しいんだがな。」


「まあ、そんな事、いくらだっておじい様の所に行きますわ。

おじい様の都合が良くて、私のお休みと合いさえすれば、

いつだって伺わせてもらいます。」


だって、ここからおじい様のお屋敷まで、さほど時間はかからない筈ですもの。


「そんなに簡単にはいかない話だと思うがな。

多分、国境にはお前を見つけようと、手を回している筈だ。

まあ手立ては何とか出来ると思う。

わしも少し考えてみよう。」


おじい様はそう言うと、

既に何かを思案しているようだった。

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