第27話 番外編/逃走
それからの私は、
とてもラッキーだったと言えよう。
まずおじさまには、明日の支度で忙しいと、前の晩にお帰り願った。
「当日中にキルラルに着きたいので明日の10時頃の馬車でここを立つつもりです。」
そう伝えた。
それから手紙をしたためる。常連のコーラルさんへ。
そして決行の日の朝早く、籠にパンを詰め彼女のお宅にお邪魔した。
「あら、マリーベル。
今日からお休みじゃ無かったのかい?」
「ええ、お休みです。
でも、いつもの癖でパンを焼いてしまったので、
良かったら食べてもらおうと思って持ってきたの。」
「そりゃ、得したね。
今日からしばらくは、マリーベルのパンが食べれないと思っていたから嬉しいよ。
今お財布を持ってくるから待って…。」
「あっ、いいのいいの。
私が勝手に焼いたんだから、
これはいつもお世話になっているコーラルさんへのプレゼント。」
こんな物でごめんなさい。
今までありがとうございました。
「おや、そうかい悪いねえ。
ありがたくいただいとくよ。」
「それとこれは私からのラブレター。
ただ、これには魔法が掛かっていて、
一人でこっそり読まなければいけないの。」
私はバスケットに掛けてある布巾を捲り、中に忍ばせた手紙をさりげなく見せる。
「まあ、それはそれは。」
「ふふ、でも冗談抜きに、これは一人で読んでね。
それから読んだ後はこれは燃やして。
必ず。
お願いできる?」
私の真剣な顔に、何かを察したのだろう。
コーラルさんは私を見つめ、深く頷いた。
「任しておきな。
私は絶対に、マリーベルの味方だからね。」
コーラルさんも、薄々何かを感じていたのだろう。
そして私はバスケットを彼女に渡す。
それからコーラルさんをそっと抱きしめると、
小さな声で、ありがとうとつぶやいた。
「体に気を付けるんだよ。」
コーラルさんも小さな声で返してくれた。
軽く手を振りながら、彼女の家を後にする。
「賽は投げられた……か。」
もう後戻りはできない。
前に進むだけ。
それから私は、朝一番の馬車の出発時間に合わせて、小さな鞄を抱え裏口からコッソリ外に出て鍵をかける。
おばあちゃん、お店を続けられなくてごめんね。
そう心の中で謝ってから、歩き出す。
どうか兵隊さんに見つかりませんように。
そう祈りながら、停車場に急ぐ。
それから、発車間際のキルラル方面行きの馬車に飛び乗った。
「出発に間に合って良かったねえ、お嬢さん。」
御者のおじさんが笑いながらそう言った。
「ええ、本当に。危うく乗り遅れるとこだったわ。
夜更かしはする物じゃ無いわね。」
「まったくだ。」
そう言って笑い合った。
この馬車は長距離用に箱型になっているから、
ちゃんと窓にはガラスがはめ込まれている。
だからこそ、外からは中の様子があまり見えない。
始発のお客は中年の夫婦と私だけ。
取り合えず、ゆったりと行けそうだ。
私は鞄からクッションを取り出した。
ギュウギュウと小さく圧縮されていたクッションは、
中に羽が詰まっているので、取り出した途端にポンッと膨らんだ。
それを軽くパンパンを叩き、腰に当てる。
「まあ、用意のいい事。」
「はい、終点まで行きますので、腰痛予防です。」
本当は、赤ちゃんに少しでも負担が行かないようにと、考えた結果だった。
途中で休憩を取りながら、馬車は進む。
今のところは追っ手はかかっていないようだ。
それから数時間ほど走った頃、急に雨が降り始め徐々に雨脚が強くなる。
「すいませんお客さん。
暫く雨宿りさせて下さい。」
御者さんがそう言って、ある町の店の前で馬車を止めた。
そして、その店の横の大きなひさしの中に馬車を非難させる。
「しばらく此処で一休みさせてくれ。
天気次第だが、そうだな、1時間ほど休憩にしよう。
それでも天気が良くならなければまた考えるが、
取り合えずそれまで休んでいてくれ。
馬車の中に居てもいいが、この店は知り合いの店だ、
店の中で休憩できるように頼んでおくから、
もし何か食うんであれば安くするよう言っておく。
良かったら食ってやってくれ。」
御者のおじさんはそう言って、馬車を下りて馬の方へ歩いて行った。
「どうします?あなた。」
最初から一緒だった叔母さんが、旦那さんに聞いている。
「まあ、寒くも無い事だし、無駄に金を使う事も無いだろう。
このまま馬車の中だって俺はかまわないぞ。
もし腹が減ったのなら、お前だけでも何か食ってこい。」
「私も別にお腹は空いていません。ここであなたといますよ。
お嬢さんはどうします?」
私にそう話を振ってきた。
一緒に居て、暇つぶしに色々と聞かれるのも面倒だ。
「そうですね。
少しおなかが空いたので、何か摘まんできます。」
そう言い残して馬車を下りた。
店の中の窓際の席に腰を下ろし、サンドイッチとジュースを頼む。
それらをいただきながら、何気なく外に目をやる。
すると通りの奥に、もう一つ停車場が有るのを見つけた。
あれはどこに行くんだろうなぁ。
そう思っていると、雨の音に混じり、馬の走る音が近づいてくる。
それから馬車の車輪の音も加わり、それが徐々に大きくなっていく。
やがて窓の外を、凄い勢いで二頭立ての馬車が通り過ぎて行った。
その馬車には見覚えのある紋が……。
「おじさま、約束を破りましたね。」
私は深くため息をついた。
きっとおじ様達は、店の横に入れた旅客用の馬車には気が付かなかったのだろう。
あの馬車がここを通ると言う事は、
おじ様は私がキルラルに向かったと思い込んでいる筈だ。
でも、この先も危ない可能性が有るわね…。
さて、これからどうしよう。
とにかくキルラルに向かったという事実が欲しかったから
この馬車に乗ったのだ。
この先の乗り継ぎの停車場で、キルラル行きには乗らず、
北のゴート行きに乗り、経由してグレゴリーに向かうつもりだったんだけど……。
「いっその事、あの停車場からの馬車に乗って
まずはここを離れた方がいいかも。」
そう思った私は席を立ち、御者のおじさんのいる馬房に向かった。
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