第18話 番外編/お買い物

それから、おじ様は毎日のように店を訪れた。

ちゃんとお財布を持って。


殆どの日は護衛の方と一緒に来たけれど、

たまに思いもしない時間に一人で訪れたりもした。


「だって、あいつらと一緒に来ると、君とゆっくりと出来ないじゃないか。」


おじ様、私も一応仕事をしているのだから、

いつもあなたとゆっくりしている時間は、あまり無いのですよ。

そう思う私も、実はまんざら悪い気はしなかった。


そんなおじ様の行動にも慣れたある日の事だった。

今日は久しぶりに、私の店のお休みの日。

さて、今日も貯まっていた雑用を片づけてしまいましょう。


「鍋磨きは絶対にしなくちゃ。」


実は昨日、イチジクのジャムを作ろうとして、うっかり焦がしてしまったのだ。

お陰でジャムパンは、作り置きのジャムだけで作る羽目になってしまった。

仕方がない、イチジクのジャムは、季節の内にもう一度チャレンジしましょう。


「他は窓を拭いて、それ以外にお休みにしかできない事は……。

天井のすす払いでもしようかな。」


そんな事を考えていると、ドアをノックする音がする。


「お客様かしら?」


そう思いながら開けてみると、そこにはおじ様が立っていた。


「おじ様…、ごめんなさいお伝えしていなかったかしら。

今日は店は定休日なんです。」


「うん、知っているよ。」


知っていたのですか。

ではなぜここへ?


「今日は君をデートに誘いに来たんだ。」


おじ様はニコニコしながらそう言うけれど、私も嬉しいけれど、


「でも私は今日、貯まっていた用事をしなければならないんです…。」


残念だけれど、今回はお断りしよう。

そう思って伝えたのに、おじ様は。


「多分そうじゃないかなと思ったんだ。

だから今日は、私にもできる事を手伝うよ。

そうすれば君の作業する時間が、半分とまではいかないけれど、

いつもより早く終わるだろう?

その分少しでも二人で出かける事が出きる。」


「そんな、お客様にそんな事をさせられません。」


私は慌ててそう言った。

するとおじ様は、なぜか悲しそうな顔をする。


「私はただの客では無いつもりなんだけど…。

でも、この事はもっと私の誠意を知ってもらってからの話だな。

さて、今日はマリーは何をするつもりだったの?」


そう言うおじ様だけど、本当に仕事を手伝ってもらう訳には行かない。

と、言っても、黙って引くおじ様では無い事は重々承知している。

私は仕方なく、奥の部屋の物入れに入れてある箒を取りに行った。


やがて雑用は思いのほか早く終わってしまい、

おじ様は嬉しそうに私に問う。


「さて、どこに行こうか。

公園で散歩もいいけど、マリーは何か欲しいものは無いかい?

日頃サービスをしてもらっている分、私も君に何かプレゼントをしたいな。

アクセサリーでも、ドレスでも、何でもいいよ。

欲しいものが有ったら言ってごらん。」


おじ様からそう言われ、買い物に行かなければならない事を急に思い出した。


「えっと……。

小麦粉に、砂糖に、チーズも買い忘れていたし、他には何か有ったかしら。」


「…………マリーはそれらが欲しいのかい?」


「ええ、今日買いに行こうと思って忘れていたんです。

ごめんなさいおじ様、やはり今日はご一緒できません。」


そう思い謝る。

だがおじ様はくじける事無く、早々に立ち直ったようだ。


「そうか、食材の買い物か…。

それも面白そうだな。

……お嬢さん、もしよろしければその買い物、

私にエスコートさせてもらえませんか?」


エ、エスコートですか?買い物にエスコートは必要ないと思いますが……。

しかし反論しても、おじ様が引いてくれる事は無いと分かっているので、

私は諦め、おじさまに同行をお願いした。


私の住む裏通りに面した商店は、品質はそこそこだけど安い店が多いから助かる。

本当はもっと良い材料を使えれば、もっと美味しいパンが作れると思うけれど、

贅沢は言っていられない。

私は買い物かごを持ち、おじ様と共に外に出る。

何故か私の心が弾んでいるのは、気のせいだろうか。

すると籠をおじ様が、さり気なく私から取り上げた。


「おじ様、私が持ちますから大丈夫です。」


だって、いつもの上等な服を着たロマンスグレーの叔父様が、

買い物籠を下げている姿が、何とも言えず滑稽なんです。

そんな姿を町の人に晒す訳には行きません。


「紳士たるもの、レディーに荷物を持たせる訳には行かないよ。

さて、行こうか。

確か、小麦粉に砂糖にチーズだっけ?

他に必要な物は有るかい?」


他に必要な物……。

そう言えば、塩も残り少なかったような気がする。

その事を言うと、


「では全て食料品店で揃いそうだね。」


そう言って、私と手を繋ぎ歩き出した。

でもおじ様は裏通りの道では無く、店の近くの角を曲がり、どんどん歩いて行く。

おじ様、こちらに行くと表通りなんですけど。

王城に続く表通りって、確か高級店しか並んでいなかった筈。

私の財布の中身と相談しても、無理だと言っています。


「おじ様、私がいつも行くお店が有りますから、そちらに行きたいのですが…。」


「そうか…。

でも、こちらに私の知っている店が有ってね。

そこのチーズがとても美味しいんだ。

君にぜひ味わってもらいたかったんだけど……、ダメかい?」


「いえ、ダメという訳では無いのですけど。」


そう、ダメではないけれど、

おじさまの言うとても美味しいチーズも、ぜひ食べてみたいけど、

ただ予算の問題が有るのです。

…でも、たまには自分にご褒美のつもりで、

そのチーズを買ってみるのも悪くはないかもしれない。

今回はチーズ以外の食材は諦めよう。

だって表通りのお店なら、チーズだけでもかなりいいお値段がする筈だもの。

私は財布の中身を全て放出するつもりで、彼の後に従った。

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