幕間3 チュートリアル



 町から北に、1キロほど離れた地点。

 見上げて、空の中。

 なにもない空間が、そこにある。

 しかしもしも空を飛ぶ者が、ごく近くに寄ってよくよく見てみたならば、わずかに陽炎めいた揺らぎが広がっていることに気付くだろう。

 さらにもしもその者が、興味を覚えてその陽炎の中に進み入ってみたならば。

 まずは驚愕し、次いで命を刈り取られていただろう。


 

 魔法による迷彩を施した空間の中に、ユーゴーがいる。

 しっかりとした足場の上に立って、町の方を見つめている。

 魔力で作られた足場は、この広い空間全体に伸展している。そして魔術で強化された彼の視界には、町の様子がはっきりと捉えられていた。

 ユーゴーの傍らには、彼を見守るパロンがいる。

 彼方を見つめるユーゴーは、仮面に隠されぬ片方の瞳に光景を映し、そして映した光景について、考えている。


 ユーゴーの思いは、町にやってきた集団に向けられていた。

 集団――彼らは武装しており、二十人ほどの数があった。

「アレは援軍ですよ」

 パロンが声をかけた。

「……援軍」

「ええ。人は助けを呼ぶモノです」

 ユーゴーは、更に思索する。

 盤上で勝負をする指し手のように――その若くつたな新前しんまえのように。自らが指した一手一手を考えていった彼は、やがて理解できる瑕疵ミスを、そこに見つけたようだった。

「……我は、間違えた」

 パロンは、にっこりと笑った。

「ソレが経験です。ユーゴー」

 道化師は穏やかな身振りとともに言葉を紡ぐ。

「大丈夫。今はマダ、練習のとき。

 間違えて、ソレを知るための時間です」

 ――参考までに、と、彼は続ける。

「到着した部隊の強さデスが……、いま、確かめた戦力を、2倍したくらい、と考えてくだサイ」

 伝えられた情報を飲み込んで、ユーゴーは再び考える。

 彼の隣で、パロンは、待つ。

 そんな道化師の視線が、戯れのように、ふと振られる。

 向けた先には、ルネがいる。

 人の基準で言えばまだ幼い外見に、けれど気品を纏わせて。

 しかし視線を向けられるのも煩わしい、といった渋面を浮かべ、こちらを見もしない。

 にこり。と笑うパロン。


「……盟友」


「はい。ユーゴー」

 振り向いたパロンに、ユーゴーは短く告げた。


「――夜に」


「ええ」


 同様に短く受けたパロンは、背後を振り返り、並ぶものたちにそれを伝えた。

 有象無象、数百の濁声が、我の強い、けれど了解の返事をする。

 そして先頭に立つ特別な二体・・に対しては、歩み寄り、直接の声をかける。


「アナタがたに対しては、特に束縛は致しまセン。

 自由に、振る舞ってくださって結構デス。


 ――ただし、多くは言いまセン、が……、

 こちらの指示には、お従いくだサイ。

 せいぜい、一度くらいのお願いデスので、ネ」


 道化けたように胸に手を当て、確認をするような一礼をしてみせる。

 

「――ご心配なく。

 アナタ方は、大切・・な戦力デスので。……ええソウ。主演・・、といって、差支えのない存在デスので。


 ちャァんと、お望みは叶えて差し上げマスから、ネ」


 わずか視線を上げて、彼らの顔を見つめながら。

 ウフフフ、と。

 道化師は、声を零した。


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