第二章 剣の勇者
save3 強襲、カルガロン
コルミの町の冒険者ギルド。
木造を基礎とする館は、大きい。
建物内には、多くの冒険者が集っている。
クエストを受け付けるカウンター。あるいは総合的な相談窓口。掲示板にはE、Dクラスに向けた依頼が張り出され、周囲には談話スペース。新聞も置いてある。
モンスター素材の換金所、金銭の預かり所、軽食を出すコーナーも設えられていて、あちこちに活気のある賑わいがある。
と、
音を立てて、入口の扉が開けられた。
「すまぬ! 至急だ! 亜竜の賢しの情報がある! 全滅した冒険者のものだ!」
ざわ、と揺れる館内。
カウンターの前に立っていた冒険者たちが脇にどき、場所を開ける。
目礼しつつ、エリスは受付台の前に立つ。
「町の西南、2kmほどの辺りで見つけた。残された日付は7月10日だ」
説明しつつ、エリスは丁寧に布でくるんだ全員分の心の石をカウンターに置く。彼らの装具は、ロイドが取り出している。
次いで、自らの冒険者カードを提出するエリス。
ロイドも差し出す。その戸籍は、姫王国になっている。
AクラスとDクラス。それぞれ個人の登録。
個人のAクラス登録に、受付の女性は一瞬だけ驚きを顔に出すが、余計なことは口に出さず、すぐに仕事に取り掛かる。
同僚たちに心の石を引き渡し、エリスらにその他の情報はないか尋ねる。
「現場の写真があります」
ロイドはデジタルカメラを手渡す。
「あ、助かります」礼を言い、受付の女性は映像を確認し、手元のPCにデータを取り込む。
「ありがとうございました。 ……デジタル写真、もっと広まってくれるといいんですけどね」
カメラを返却しながら、受付の女性は悼みの気遣いを込めつつ、ロイドへの感謝を示した。
市町村――各集落が有する公的な戦力は、大きく分けて二つある。
兵士と、公務冒険者である。
前者は、集落の防衛を。後者は、他所への救援など、機動的な役割を。
大まかには、受け持っている。
そしてこのギルドに所属している公務冒険者のうち、今回の事態に対応できそうなのは、ニ組のBクラス冒険者たち。それぞれのパーティー人数は、共に五名。
他所へのアクセスの中心となる大きな町ゆえ、それだけの戦力がある。
しかし、だとしてもまだ、救援としては心もとない。
「――ですので、どうか、お願いしたいのです。
緊急クエストを、受けていただけますでしょうか」
受付の女性から、伺いを立てられたエリス。
彼女は――、自明のごとく、きっぱりと頷いてみせた。
「当然である。任せよ」
受付の女性は深い感謝を込めて、自らの胸に手のひらを当てた。
緊急クエスト発生を知らせるサイレンが、町中に鳴り響いた。
サイレンの種類は、Bクラス以上の冒険者を求めるもの。
即応できる冒険者は、これによって動く。
ギルドに向かうための交通手段、費用はギルド持ちになる。
大剣を背負った青年が、足を止め、サイレンを鳴らす街頭スピーカーを見上げていた。
辻馬車の音が近づいてくる。
振り向き、手を挙げる青年。
停まった馬車に乗り込んで、彼は御者に声をかけた。
「親父さん。ギルドまで、やってくれるか」
「へい」
御者の男性は、青年がおろした大剣を見て、
「緊急クエストへの参加で?」
「ああ」
「了解しやした。なら、少し飛ばしますよ」
言って、御者は馬にムチを入れる。
馬車は丁寧に、しかし素早く
「ありがとう。〈シザ〉で、通しといてくれ」
「へい。 ……ご武運を」
笑顔で返して、青年は馬車を降りた。
「緊急連絡!」
ギルド員が告げたものは、サラネイ村からの通信。
それは亜竜らしき赤い姿を、村の近くで見かけたという内容だった。
「タイミングがいい……と、さて……言うべきかな」
ギルドマスターは
ただし危険域に入っている集落はサラネイ村だけではない。領主の軍が到着するまでは、ここの戦力でもって、上手く対応させる必要がある。
手元には、Aクラス一人、Bクラス2パーティー。
賢しの亜竜と考えると、せめてB以上がもう一つほしい。
緊急クエスト、呼びかけの結果が良いものになるといいのだが。ギルドマスターは、顎髭を撫でながら思うのだった。
一人の、大剣を背負った青年が、受付に歩み寄ってきた。
幅も厚みも文字通りの大剣を背負い、けれどそれに貫禄負けしないくらいの上背がある。その顔付きには、しかし愛嬌と呼べるものをそなえている。
「緊急クエストへの参加を」
カウンターの前に立ち、青年は告げる。右手で物入れを探し、しかしあれ、と呟く。
反対の手で探った結果、目当てのものを見つけたらしく、手に取って差し出してくる。
肘の部分まで黒い手甲に包まれた左手が持っているのは、冒険者カード。
受け取った受付の女性は、確認する。
「Aクラス。心強いです。
お一人……での登録ですね。
まあ。腕が立つのですね」
多少大げさに感心しつつ、今日はなにやらそのような人と多く会う、と思う。
思いつつも、すみやかにパソコンで青年の記録を調べる。
しかし、Aクラスに属しているわりには、意外なほど活動の情報がない。
――――彼の名前を、考えて。顔を見る。
いや、まさか。
そもそも写真と顔が違う。
だが年齢は――20歳と数ヶ月――。同じくらいか――?
そこまで考えたところで、
「はい。緊急クエストへの参加、受理いたしました。シザさん。よろしくお願いいたします」
「ああ」
青年は、力強く請け負った。
◇ ◇ ◇
Bクラス冒険者1パーティー。Aクラス冒険者の青年。
そして、ロイドとエリス。
合計八人で、連絡のあったサラネイ村まで向かっている。
大型の軍用馬車。魔物使いの御者が操るニ頭の戦馬が、力強い速度でみなを運ぶ。
揺れる車両の中。
座席は簡素。背もたれに当たる側面は頑丈。向かいあって、四人ずつが座っている。
青年と、三人。
エリス、ロイドと、二人。
エリスと青年は下り口側にいる。青年が背負っていた大剣は、今は彼の傍に立てかけられている。
青年の隣に座っている男性が、彼に声をかけた。
「
「いいや、剣士だ」
「おいおい、そんなデカイもん担いでよく言うぜ。……まさか重剣士とはいわねえよな? もしそうなら、あんたが背負っているのは大剣じゃあなく悲しみだぜ」
はっはっは。周囲に笑いが響く。
複数ある戦闘職には、更に枝分かれした派生職がある。
剣士。それは〈最も完成された基本職〉とすら言われる職業。
重剣士。それは剣士の派生職であり、天がなにかのさじ加減を間違えてしまったかのような酷い性能を、哀しさとともに知らしめる職業。
「シザだ。よろしくな」とん、と青年は自分の胸に拳を当てて挨拶をする。
「おう。ヒネクだ」男性も、彼を馬鹿にしていたわけではない。同じようにして挨拶を返す。
いくつかの国で見られる、軽い挨拶としての握手の風習はレガリア大陸には無い。行われるのは特殊な場面であり、その際はより強い結びつきを求め、確かめるために使われる。
シザと名乗った青年の髪は黒。さほど長くもない無造作な髪型を、ざっくりと後ろで縛っている。「それ、魔導鎧か?」隣の男性が黒い胴鎧を指して言う。「いいや。でも、大切なもんだ」どうやら剣士には珍しく、ただの金属鎧らしい。
「
「ああ。そうだな」
とりあえずは指摘しておこうという雰囲気の言葉に、青年――シザは、軽く頷く。
一堂が、順番に名前を名乗っていく。
最後が、エリスとロイドの番だった。
「エリスだ」
「ロイドです」
二人も手短に自己紹介。
「――ロイド。……
シザの指摘に、周りの皆も、お、となる。
「――エリスってのも……、姫王国のお姫さんと、おんなじ名前じゃなかったか」
「――――おお。言われりゃ確かに。そういやそうだな」
隣の男性が言い、他の皆も、言われればなるほど、と頷いた。
ふと、ロイドが顔を上げた。
「姫」
エリスとシザも、反応する。
直後。
急襲。
頑丈さのみを考慮して取り付けられた側板が薄板のように突き破られた。分厚い硬板が割れた大音はしかし轟音として響き渡り、破片が舞い散り、馬は嘶き、赤き豪腕、知の眼光、車両は真っ二つに砕き割られた。
地に立ったエリスは指示を飛ばす。
「御者殿は村へ!」
割れた車両の御者席にしがみつくように座る男性は、了解の返事を返し、すぐ目の前に見えてきている村へと馬たちを走らせた。
引きずられていく馬車から視線を外し、素早く周囲に巡らせる。
即死した三人が、地に倒れている。一人は重傷を負ってうずくまる。
――そして。
赤い。むき出しにされた筋肉に、隙間を空けて硬質の鱗を貼り付けたような。
四足の亜竜が、そこにいた。
巨体。印象は
甲鱗赤竜 カルガロン。
真っ青な青空、巨大な入道雲。
冴え渡る美観を背景に、鮮やかに赤い凶悪が存在している光景は。それゆえに、悪夢のような眺めだった。
ロイドが三人の冒険者を蘇生する。重症だった一人は自力でポーションを飲んで完全回復。
そんな彼らに、剣士――シザが声をかけた。
「俺がやるから、あんたらは村へ」
大剣を構える彼に、エリスが言う。
「わらわも並ぼう」
しかし、それをロイドが止めた。
「大丈夫だよ。きっと」
む……。言われたエリスは、ロイドの言葉に従うことにした。一度死亡状態になった三人を庇いながら、残りの全員で村まで向かう。
村の入口では、ガードたちが緊張に打ち震えていた。
亜竜の、インテリジェント。
村の一つくらいは、余裕で壊滅させられ得る。
モンスターの賢し。高レベル冒険者の多くは、賢しかどうかは眼を見ればわかるという。
いま、村に続く道の先――大きな入道雲を背負い、青年と対峙し、存在する赤竜。
その眼からは、確かな知性が感じられた。
るるる、と太い唸り声を漏らしながら、亜竜は
冒険者と村のガードたちも、
剣士。前衛職ではあるが、けして火力と耐久力を売りにする職業ではない。
それは〈パーティーの要〉として機能する職である。ゆえにリーダーに収まることは多いのだが、それも支えてくれる仲間がいてこその話である。
シザの背中は、しかし大きい。
彼は一人、大剣を大きく開くように下げて、地を擦るような構えをとる。
亜竜――カルガロンは、やがて十分に目の前の相手を観察したようだった。
無機の殺意が――――その眼に定まった。
赤が
剣美は、弾けた。
ある者はその剣筋に夜空を流れた流星の音を聞き、ある者は祝杯に開けられた泡立つ酒精の音を聞いた。
斬り上げられた剣先には陽光が宿り、高く示されたかの如くの大剣の頂点を
絶美にして、情緒すらあふれる
剣士の一人が震わされたように、見開いた目から涙を
体を両断された亜竜は、倒れて、光となる。
――――――そして、
その背後、巨大な入道雲に。
すっ――と、切れ込みが入った。
音もなく、静かに。一筆の青が、裂け目を作った。
その光景こそが、目撃した人々の呼吸を止めた。
剣気が。描いた跡である。
尋常の、力量ではないことが。
誰の目にも、明らかであった。
シザ
剣士/勇者
レベル 375
筋力 1215
技力 2242
魔力 563
体力 1020
耐久力 758
青年――剣士――いや、勇者シザは。
こちらに振り返ると、にっ、と笑ってみせた。
もう、大丈夫だと。
それは人々に、安寧を告げる笑顔であった。
◇ ◇ ◇
サラネイ村の広場。
辺りを揺らし上げるような大歓声に取り囲まれる、シザがいた。
会えて嬉しい! 感動した! 称賛と、感謝と、握手を求める人々の数は際限もない。
シェルターから出てきた子供たちは、未だ切れ跡を残す入道雲を指差して大興奮。
その、夜。
サラネイ村では、歓待の祝宴が開かれていた。
守られた笑顔と笑い声が、辺りに満ちている。
――あの冒険者たちが遺した想いにも、報いることができただろう。
エリスは思う。
村長が、彼女らのもとにも挨拶に来た。
応対をし、最後に――エリスは告げた。
「……差し出がましいとは思うのだが……」
心の石に、亜竜の情報を残した冒険者たちのことを。
――村長の男性は、胸に手のひらを当て、深い思慮を瞳に表し、言った。
「……ご家族に、お手紙を書かせていただこうと、思います。
……感謝を。お伝えしたい。 ……貴女にも」
エリスは、ふ、と微笑んだ。
であれば――ギルド職員の手によって、心の石は、手紙とともに――遺族の元に、届けられることだろう。
わずかでも、ひとの慰みになることを、エリスは祈った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます