save59 少女は、輝きを知る



 光が、輝きになって満ちた。心の内より流れはじめた音楽を、エリスは聞いた。

 いま、この時を。

 自分に傲慢になってよい、生涯に一度の、大切な瞬間と心得た。

 ただ〈姫〉として、〈勇者〉に願えばいいのだと。

 エリスは細い喉を震わせて、自らの想いを、彼に告げた。


「――つたえたい。


 わがままを。


 わらわは救いたい。

 この国の皆を。

 邪神に囚われた皆、すべてを。

 一人とてのこさず。

 その手を、すべてに。

 とどけたい。


 叶えてほしい。


 わらわの、ために。


 ……わらわの、ために!!


 勝ってくれっ! ゆうしゃああああああああああああああああああああああっ!!」


「うん。」


 力強く、シンプルに。

 どどんっ、と。

 魂の激動が、空間を震わせた。

 世界で一番大好きな女の子に、心から願われた男の子は、自らの魂をかくも震わせることができるのか。


 OVER-SOULオーバーソウル


 輝きを風が舞い上げるように、ロイドの身体から光が溢れた。

 姿が変わっていく。髪は光とともに銀に染まり、瞳の色は遙かなる青へ。身体に負っていたひどい怪我も、すべて癒されていく。

 魂が、直接肉体に影響を、いや、それはむしろ、魂が位置を変えて、肉体の外に発現したような光景にも見えた。

 手にした剣に、光が走る。

 内に秘めた機構を現すために、鞘と見えた外装の下で駆動音が鳴る。

 音の高まりとともに、内部で〈力〉が膨れ上がっていく。鞘に光の線が走る。内と外を繋げるための亀裂から、内圧の凄まじさを示すように、切り裂くような光の粒子が吹き上がった。

 そして――――、 見よ。

 閃火一閃。弾けた爆光が世界を白に塗り込んだ。染まった視界はいかずちかれ、遅れた音が耳朶を殴打うたんと吼え立てる。大気を引き裂く光子の震動ふるえが神鳴りを轟かせ、腹と天地を鳴動させる。

 光の中に、光が出づる。

 白が、れる。

 現れ出たのは、絢爛なる銀を輝かせる光の刃。煌々こうきらめく刃紋は生きたように波打ち、かすかな凜音を鳴らしている。

 対邪神用決戦兵装。その刀身は、魂の刃。闇を払う銀の輝き。

 ロイドのつるぎ

 ソウルブレード。


 ロイド


 “Soul Bladerソウルブレイダー”/勇者


 レベル 1252


 筋力  8078

 技力  8150

 魔力  8218

 体力  8019

 耐久力 8112



 ――おお

 見よや。邪悪よ。勇みて立つこの輝きを。

 姫よ祈れ。いさおしきの栄光を。

 いざふるえ、人の夢よ。


 ロイドは銀剣を構えて、邪神と対峙する。

 それは光輝あるを知らしめるように、燦然たる偉容。柄に繋がった発振器から、真っすぐな両刃が、銀色の光を撒いて伸びている。刃渡りは五尺1.5mほど。柄も含めれば、彼自身の身長をいくらか超えるだろう。

 両手で把持し、正眼。微動だにもしない切っ先には、何者にも脅かされない青の超然が宿っていた。


 邪神が動く。

 しなびた両腕がかつてを取り戻さんと膨れ上がる。右に蛇頭の粘這ねばり、左に破刃はじん鋭利きりさきが黒く渦まき纏わりついて、膨張した前腕の厚みをさらに二回りほど増大させる。

 腕を覆った深闇から殺意の帯状たいじょうが無数に伸び上がる。その数は双方合わせて千にも届くだろう。左右に大きく広がり、多頭を揺らす大蛇のようにロイドを見据えて蠢いている。

 眼孔に火。

 牙剥く両腕りょうわんの襲撃と共に、千の戦手が雪崩落ちた。


 ――――――――――――――――――銀鈴ぎんれいが鳴る。


 シャリィイイイイイイイイイイイイイインッ


 横薙ぎに振るわれた大剣が、絶華の麗音を響かせた。

 無数の戦手は斬り払われ、振り抜いた切っ先は遼遠りょうえんにあった。千を薙ぎ切るほどに長大化した刀身は張り詰めるほどの鋭さを放っていたが、流れる剣風にはみやびがあった。

 残る余韻は美鈴びれいの震わし。優雅に泳ぐ風の余波なごりが悠然をかもす。

 そのゆるかとは対照的に、邪神が受けた剣圧は脅威的なものとみえた。払われた両手は宙に跳ねられ、舞い散る黒触の残骸の中、上半身は仰け反るように傾いていた。

 邪神はしかし、反らされた上体を腹で締め止め、ゴォッと風を鳴らし、被さるように前のめりの構えを取る。

 割れた牙を並ばせる口内に、黒火がともる。胸部の正中に、縦の裂け目が現れる。重い瞼を開けるように、左右に開いた裂け目の中に、眼球然とした巨大な結晶がくらかがやく。

 それはまさに瞳のごとく、下方にいるロイドへと、圧し殺すほどの視線を向けていた。

 吸気にて燃える熱機関が放つ排気音の高まりのように、口腔の火が火力を増し始める。呼応するように胸の大球も猛威を湛えた光を放つ。さらには邪神の全身に、闇をはっする紋様が浮かぶ。

 燦爛と黒光を燃やす線状の経路を通って、邪神の体中の力が口部と胸部に流れ込んでいく。脈動する力は二つの火砲に注がれ続ける。牙門と胸門が放つ光の叫び声は果てしなく猛然と高まってゆき――――――――――――――――――――、

 更に限界を超えて絶叫おとがもう一段跳ね上がる。いまはもう、怒涛の瀑布を突き抜けた轟音を鳴らす二つの門は、怒鳴り火を噴く嵐の山。ねじり揺さぶる焼灼の慈悲は愈々いよいよ統御の極点を絶し、

 GAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOON と、放たれた。


 世界と呼ぶべき光景は、漆黒の閃光に、塗りつぶされた。


 ――――――――――――――――――銀の亀裂。


 神域の雷霆らいていが覇刃を轟鳴らし、黒い世界は縦に斬り裂かれた。

 迸った雷音は百獣の咆哮を龍に纏わせ天より降臨させたがごとく。畏怖すべしの傲然をらし重厚あつみで押し潰さんとするその鋭さは疾風迅雷の剣筋に確然と表れ、光子の筆で引かれたが如き一閃の極まった薄刃はくりさはすなわち大鎚の衝撃となり、邪悪の神に、破断の一撃を与えていた。

 み崩れるほどにを捩らせる巨体から、放たれる叫び。

 それは、苦痛の悲鳴。

 魂の剣の切っ先は、邪神の頭部に、確かな疵痕きずあとを残していた。


 ロイドが踏み出す。

 その動きは流麗にして銀色。染まった髪が向風きょうふうなびき、さらりと銀の光粉こなを撒く。瞳の青が光線を引き、構えた剣に銀雅を揃えて邪神に迫る。

 絢爛舞踏を始めよう。

 ギャリリリリィンッ! 回る回る光輪ひのわが廻る 釿麗ぎんれい 煌牙こうがの 豪華ひがねを冠して 乱れ咲く一線 闇を削り一閃 一重二重十重二十重かさねかさねかさねかさねて影を斬り切り裂き舞い踊る千歳ちとせ玉響たまゆら 永久とわに刹那に 誇りて歌いて銀の月。

 振れば神楽の鈴となり、断てば斬魔の太刀となる。

 咲乱裂帛しょうらんれっぱく、絢爛舞刀。


 GLOOOOORIOUS!!


 迫力の威風が、爆音を発して黒い影を吹き散らした。

 邪神は、唸りながら後ずさる。それはロイドの圧と、邪神自らの怯えによって、押されたもののように。

 ロイドの剣戟は邪神が纏う闇の衣を切り裂いて、ダメージを与えていた。けれど散らされた闇はすばやく戻り、巨体を覆っていく。だがそこに強者の余裕はない。言うなればその影の動きは、沈みゆく船に我先にと逃げ戻る窮鼠の狂乱のようだった。

 そして勇者は、堂々と邪神に対峙する。

 びっ、と左手だけで剣を振り、その斜断しゃだんにある種の決別を宣告させ、揺るがぬ瞳をなお青くさせ。

 隔たりを挟み、銀と漆黒が向かい合う。

 それは光と闇のおとぎ話。あなたの勝利を信じられるその輝き。

 いつわりなく。示すように、勇者ははなした右手を天に掲げた。


「“神撃のAct”――――」


 過激に光輝が収束する。掌に生じた戦慄わななく光球は、それ単体を武威とするものではない。周囲に〈力〉が満ちていく。邪神を中心として大きな渦を巻くように、天頂へと昇っていく。見ればおおきな光が浮く。邪神の頭上に巨大な光球が現れている。邪神は動かぬ。一つの矜持か。先程は勇者が待ち、受けた。ならば今度は邪神がそれを受けるのか。

 大気の密度が肌を刺すほどに痛く高まる。ばちりばちりとロイドの頭髪が魔力を放ち、緊密の威武を輝かせる。右掌の光球は甲高く発しながら震え響かせ、邪神の頭上の大光球は腹底を叩くほどの激しい唸りを轟かせ、

 そして力場は完成する! 嵐の目の只中に立ち、渦巻く豪風の主となって、ロイドは天高く差し伸ばした右腕を、その手に掴んだ光輝と共に、邪神めがけて、振り下ろした!!


「“雷光RayZAR”ーーーッ!」


 ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!


 驚天動地が降り注ぐ。

 神が突き降ろした剣のごとくに天より奔流した光の柱がその表面に破り引き裂くような紫電を荒れ狂わせて、なお神威を増して巨塔のごとき凄まじい重量を現し、爆発的な圧力を迫力させて聳え立つ。更に雷鳴は噴火の如く絶唱し、雷火のむらさきを遡るいなずまは黄龍と化してとぐろを巻き、猶々なおなお大顕現する光の魔塔を重ねて彩飾いろどり、それらが描く光景と音量はまさに言語を絶する超常を、今、この異界に在らしめていた。


 GoOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO……!


 柱の中で、邪神が絶叫する。

 それは時を重ねて暴虐を振りまいてきたものが、かつて打ち倒されたときの悲鳴であった。そしていま、再び討伐されんとする、邪悪の哭声こくせいであった。

 ぼっ、と、光の巨塔が、急激に姿を消す。

 現れたのは、打ちのめされた邪神の姿。そのからだを覆っていた闇の衣は、完膚なきまでに消失していた。


 おぉおおおっ、!


 担ぐように剣を構えて、ロイドが駆ける。

 長大化した銀のソウルブレードの軌跡を残して、邪神に迫る。

 ぐっ、と、時間の停止する一足いっしゅん。踏み込み、沈ませ、力を溜めて、

 美麗なる音をいて跳躍する。


 凛と響く、優雅な鈴の唄を引いて、空中――…。震える刃紋が放つ音色は、その力を高めるように、幾重にもこうじて輪唱する。


 彼を迎える邪神。

 討たれんとする枯れた巨像は、高みの中空にある勇者を見上げる。

 いよいよ骨と皮だけになった相貌の、しかしそこに燃える熾火がんこうにだけは、いまだ縛り付けられたような怨念と、そして悲願を待ち疲れた罪業を残して。

 斜めに通った互いの視線は、しかし水平に。正面から、相対あいたいしていた。邪神の中の残り火は、勇者の中に、わずか一粒の大悲を見た。そして勇者は、邪神の奥に、かけらを残した、涙を見た。

 とくり、と、心動こどうが鳴り。

 ロイドは剣を、振り下ろした。


 大 切 斬!!


 朽葉が裂けるときの爆鳴を発し、邪神の巨体は断ち割られた。縦の真二まふたつに斬り裂かれたその切断面は、高い夜空にまぶされた光。英雄ゆうしゃが征くべき道を開くように、ゆっくりと左右に崩れていく。

 討ち取ったものにかける慈しみなどない。決着の上に重ねる誅伐に善など無い。

 いま、ただ正面だけを見て、両断した邪神の体躯を斬り抜けていった光輝のように、一顧だにもせぬことが、英雄のあらんとするべきことであり、

 ロイドは、空中で身を翻し、


 シャリィイイイイイイイイイイイインッ


 横薙ぎを、振るった。

 銀鈴が滑らかな光を奏でながら、邪神の躯を四辻に斬りさばいた。それは払うように、いや祓うような、一瞬の閃光だった。

 四つに断たれた邪悪の化身が、崩れながら宙に浮く。心中を十字に刻まれた巨大な各部が、形を失い始める。

 風に吹き消されんとする灯火が鳴く声を、いや、すでに吹き消されたはずの火の幽声を放ちながら、崩れゆく割躯かたちが色を無くしてゆき、左右に切り分けられた両目の暗い輝きが完全に消え、指先は砂となり、垂れた破皮は灰とほどけ、


 ロイドは一回転して、着地。


 四方、白く燃え尽きた塩の柱が、爆発した。

 吹き出した嵐は泣き喚く灰を呑んで暴風した。破裂昇華の滅光は震地天衝と噴き上がった。座を無くした抜け殻の神は残骸の道理を正しくあらわし、世界に留めていた因業は打ち消され、怨嗟と遺恨は取り憑く芯を失って、やがて未練の声の余韻は、か細く細く、鎮まってゆき――――……、

 散滅さんげ


 ぼっ、と異空が取り除かれ、青空の鮮烈が目に焼き付いた。

 解き放たれた八百万の魂が、眩む空へと伸び上がる。まばゆい光の中に、数多あまたの淡青が飛散していく。


 ――――そして、日の降り注ぐ音だけが聞こえる、静寂が訪れた。







 光の中の静寂から……、


 ウフフ、アハアハ、アーッハッハッハ


 響いたのは、道化師の哄笑こうしょうだった。

 晴れ上がった青空。わずかに漂う白い雲を映えさせ、明るい日差しを送る太陽の下で。

 道化師は笑う。彼の隣に降り立った破面の男は、なにもかもに興味がなさそうな冷めた片目を覗かせている。

「ヒヒヒヒヒ、

 やったぞォー、ついに邪神を倒したんダー。アア、すごいすごい」

 心底愉快そうに身をよじりながら、ぱちりぱちりと、両手を打つ。

 浮島を囲む辺り一面の蒼穹には、解き放たれた魂たちが描く彗星の、壮麗な光景が広がっている。

 エリスは、笑う道化師を見つめている。赤く、鮮烈な彩りを帯びた白い肌と、纏う衣装を、冴え冴えと光の中に映えさせて。

「…………貴様らの呼び出した邪神は、勇者が倒した。

 ……なにを笑う。道化師よ」

「ああ、そうだネ。残り滓は、やられちゃったネ」

 パロンはユーゴーに謝罪のようなお辞儀をしてみせる。

 ユーゴーは、嘆息らしき息をつく。

「けれどねェ、お姫サマ。お楽しみはまだ終わっていないヨ。

 見下ろしてご覧。

 君は目もイイのだろう。

 よーく見てご覧。

 倒れている人の、身体の上を」

 道化師の催促を受けて、エリスは視線を送る。遠く見下ろせる、地に倒れた人々の身体の上を。

 そして、愕然とする。

 赤い砂時計。だった。

 見える限りの全てが。

 はっとして顔を向ける。離れた床に、王と王女が倒れている。二人の上にも同じように、赤砂のアイコンが浮かんでいた。

 ――――――――――――――つまりは、八百万人が。


「アハーッハッハッハ!!」

 吐き出すようにパロンは笑う。

「さあ、ハッピーエンドまであと少しだよ。

 がんばれがんばれお姫さま。

 三分間のカウントダウンだ。

 さあ、走れ走れお姫さま。なんにん助けられるかな?」


 アーッハッハッハ、イーッヒッヒッヒ!


 エリスは血にまみれた脚を震わせる。せめて走らなければ。走らなければ。しかし挫かれた気力は力を身体に伝えなくて、だから、彼女は、その風を感じ――――彼を、見たのだ。


 ――――――――――そう。


 す、とロイドが歩み出る。

 銀色の髪と青い瞳を、光の中により輝立きわだたせて。

 右腕を、上げる。手首を飾る腕輪が、その神々しい作りに光を跳ねさせて、尊く煌めく。


「大いなる天空の座に ありて遊ばす神々よ。

 永劫偉大の五柱ごはしらよ。


 勇者ロイドがこいねがう。

 右腕の奇跡を。」


 ――――光は、さすのだ。


MASTERマスター HANDハンド“神 癒 の 復 光A c t R a i s e r”!!」


 大管風琴大オルガンの厳麗が高らかに降り注いだ。それは満を持して迸る大滝のように、八百万都市全体を包む天よりの偉大、神聖なりにして癒やしの輝き。勇者の右手に添えられた、神の右の掌の奇跡。

 光輝に打たれるエリスは、自らに刺し込んでいた苦痛が消えていくのを感じた。はっとして自分の体を見れば、赤い裂傷がすぅっとふさがり、染めていた真紅も姿を消す。

 光はロイドにも降り注ぐ。その指先は彼の内側にも届き、彼ではない、彼に癒やしを与えていた。

 王と王女から、す、と赤い砂時計が消失する。

 王都を見る。倒れ伏す皆から、その全てから、死を宣告する赤い石砂が消えていく。


「なっ、なんだこのヒカリはっ?! あ、あああ、ヤケルぅううっ、カラダが灼けるぅううっ!! てっ、天のヒカリッ、マスターハンドだとぉおおっ?! あァりィえェなァいぃいいいいいイイイイィイィイイーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

 絶叫の尾を残し、かき消されるように、パロンは姿を消す。

 ユーゴーも、沿うように、す、と。その身を隠す。


 ――そして、


 光、降り注ぎ。なお青さを増した空の下。

 ロイドの髪の色が、明るい茶色に変わる。青く輝いていた瞳も、元の色に戻って。

 バタリと、彼は倒れる。





 ルミランス王とライラ王女は、子らを見守るように、寄り添い、黙っている。

 王都からは、大歓声が、ここまで立ち上ってくる。

 人々の歓声は 輝きの粒子として、天にものぼってきた。

 それは、この天空に流れる静かなせせらぎとして、少年と少女を包んでいた。


 すべての力を出し切った様子のロイドを、エリスは膝枕している。


 そのままの瞳で、お互いに、向かい合っている。

 眼鏡をかけようとしたロイドを、エリスは止めた。

 もう少し、このままの彼を、見ていたかった。

 ロイドは目を閉じ、大きく息を吸って、長く吐いた。

「……ねえ、姫。

 信じてくれて、ありがとう。

 それから、だましてごめん」

「うん」

「お礼もたくさん言いたいけれど、あやまるほうをたくさんしないと」

「……いいんだ」

 ふー…。と流れたのは、どちらの吐息か、あるいは風か。


 それからね……。


 ロイドはまっすぐ見つめて、言った。


「大好きだよ。エリス」


 ――――――すう、とまぶたが落ち、すう、と。寝息がこぼれる。


 エリスは、顔を真っ赤に染めている。

「わらわも…………だ――」

 そして、その舌に、何度も何度も、乗せようとなんども、何度も苦労して――――――


「……ロイド」


 とても大切な響きを、その言の葉に乗せた。

 ――二人は、光に包まれて、あった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る