save44 もっと走れ
「ひゃはは、待てよ!」
「どうしてくれようかなあ、ぼくちゃあん!」
また見つかって、逃げている。
追ってくるのは二人組。角を曲がり、広い通りに出る。
ここはサンハランス地区の目抜き通り。
追いかけてくる男たちは、口を閉じる。
彼らの服装は、この国の兵士のものだ。一応、追われているこちらが、とっさの信用には分が悪い、と言えるかも知れないが――。
前方。
どうなってんだこれは……。とつぶやきながら、イライラと歩いている巨漢の冒険者が目に留まった。
「助けてください! あいつらがぼくにいやらしいことをしてやるといって舌なめずりをしながら追いかけてくるんです!」
「なぁんだとお?!」
「「ああッ?」」
殺気立つ巨漢を前に、男たちは足を止める。
「なわけねえだろ! 俺らの服装を、」
「知ったことかー!」
ぼごーん、巨漢は一人を殴り飛ばす。問答無用で。
「てめっ、?!」
「うるせえ!」
拳を振り上げた。
「曲がった性根が目玉から覗いてんだよ!
なによりこっちゃぁイライラしてんだ!!」
ぼごーん。垂直落下式に振り下ろした。
「ありがとうございましたー!」
「おおう」
フンス、と鼻息を吐いて、巨漢の冒険者は男たちを見下ろす。自分が気絶させた――、そのはずの。
「ん?」
巨漢の冒険者は、眉をしかめた。
ロイドは坂道を登っている。高台の住宅街に続く道。左手に街区を見下ろしている。
求めているのは単純に高さ。周囲を見渡し、目当てとなる二点を見つけ出すための。
後ろからは、再び男たちが追ってきている。
さらに、
「あ」
前方、上の方にある気配たちも、こちらに向かって方向を変える。
挟まれた。
そう認識した瞬間、ロイドは躊躇なく飛び降りた。
坂道の左手側、20メートルほどの下にある、家々の間の小さなスペースに。
その落下中、ロイドの目は、探していた条件に合う建物を捉える。
そして着地。衝撃をこらえ、立ち上がったが、
「ああ」
そこは袋小路だった。
背の高い家々に囲まれた、ごく小さな空間。
正面に隙間はあるが、人が通れるほどではない。
背後、坂道の基礎部分になる壁沿いには、歩けるくらいの幅がある道が伸びてはいるが、
どどどどどん、と、鈍く音。上から飛び降りてきた男たちによって、遮られる。
ニヤニヤしている男たちと相対しながら。
ロイドは、リュックを逆さまに身につけた。
大立ち回りが繰り広げられていた。
「おら、っ!」と男が飛びかかってくる。
回避するロイド。同時にリュックの口から何かを落とす。
「どぅふっ!?」
バナナの皮に滑って転ぶ男。
「ハハ!」
別の男が笑声を上げ、複数と共に囲んでくる。
フェイントからの跳躍、男の頭頂部に手をつき足を開いて飛び越える。際に落とされる火のついた何か。
炸裂音。
「「「うおお?!」」」
弾けたのは爆竹。男たちは揃って足を跳ねさせる。
背後に着地したロイドは、横合いからタックルを受ける。
にやり。
笑う男。しかしロイドの片手には白いものがごっそりと掴み上げられている。
「塩だー!」
「ぎゃああああああっ?!」
眼球に思い切りねじ込まれて、男は悶絶。ロイドを離す。
抜け出したロイドは、距離を取る。正面に、追っ手の男たち全員を捉える。
左右に伸びる壁沿いの通り道、両側を塞ぐ二人ずつの男。
ロイドに向かってきているのは、六人。
時間はかけられないが、短慮もできない。隙を窺いながら、回避に専念している。
どらっ、と殴りかかってきた拳を、避ける。
先程から、なにやら、ぴくっ、ぴくっ、と自分の内側が断続的に引き攣れている。
きわどい一瞬には、特に強い引きつりを感じた。
緊張をしているのだろうか。
だったら嬉しい。
そんなことを思っていると、
「こら、そこのチンピラども!」
上から声が降ってきた。
「弱い者いじめをしているんじゃないよ!」
男の一人が怒鳴り返す。
「ひっこんでろババァ!」
「ババァとはなんだいこの礼儀知らずが!」
おばあさんは花瓶を投げおろす。
うおっ、男たちの注意が空中にある花瓶に向く。
相手全員の意識が自分から外れるタイミングが、期せずして訪れた。
小細工無しで、虚をつける。
認識の死角が生む時間の遅滞の中。とんっ、と跳んで、壁を蹴り、通路を塞いでいた男たちを飛び越え、背後に降りる。
花瓶が割れた音を背中に、走っていく。
「あ、あ?」
振り向いた男が捉えるのは、去っていく背中。
「ありがとうございます!!」
響いた声に、ちっ、と舌打ちをし、男たちは追う。
おばあさんは、せつない痛みのこもった眼差しで、走り去ったロイドの声を見送った。
先ほど視認した場所に向かって走りながら、呼吸を整える。
内側の引きつりは止まっていて、少しだけ残念に思う。
ここは辻馬車や乗合馬車の運行会社が集まっている区画。掃除はしっかりされていて、鼻を殴るほどではないが、けれど、はっきりとわかる動物の匂い。
途中、ロイドは一つの馬小屋を見つけた。
「すいません! この馬の
「ああ、」
腰掛けていた馬番のおじいさんは、力なく答える。
ひょいひょいと、ロイドは拾ってリュックにいれる。
「ありがとうございます、お礼は必ず」
「いいよ」
駆けていくロイドを、おじいさんは元気のない声で見送った。
目当ての建物は、すでに視界に入っている。角を曲がり、向かっていく。
やがてたどり着いたのは背の高い建物。外回りに設えられた上への階段、突き当りには屋上に続く長いハシゴ。
階段を登っていくロイドに、追いついてくる男一人。
ロイドは正しく背負い直したリュックの口に、肩越しに手を差し込み、取り出し、投げた。
「馬の糞を喰らえー!」
「やめろクソが!!」
右往左往する男。
「そこでそうやってうろうろしているがいいのさー!」
むかっ、ときた男は、ぼんっ、と目の前に飛んできた乾いたそれを破壊する。
なかから鱗粉。仕込まれていた毒蛾の粉。
ぐらりと揺れた男の視界に、幻覚が映る。
「「「「「とれたてほやほやのうまのふんを喰らえー!」」」」」
無数のメガネが馬の糞を投げてきた。
「うおおお!?」
顔面にモロくらった男は、ひっくり返った。
ロイドはハシゴを登ってゆく。その下方、周囲あちこちからわらわらと男たちが集まってくる。
ロイドが登っていく建物を囲み、あるいはハシゴを登り追ってくる。
屋上に上がったロイド。リュックを外して振り返り、登ってくる男たちを見下ろす。視線が合う。彼らに向けて、ちょろりとリュックを傾ける。
「あっつァ!」
温度の押し売りでライフを奪っていったもの。男が頬に手をやるとぬるり。油。
上。
「…………。」
沈黙の姿。
ドバっとリュックを傾けた。
煮えた油やら角ばったでかい石やらが冗談のように降り注ぐ。
「「「「うおおおおお?!!」」」
男たちは反射的に飛び降りる。
どすどす、だばだば、どたどたと地面に降りた男たちのそばで、落ちてきた石と油が音を立てた。
男たちは警戒をして、登ってこない。
かわりに、仲間を集めている。建物を取り囲み、複数の箇所から登るためのハシゴなども持ってきている。
必要な数分は、問題なく稼げるだろう。
屋上で、ロイドは準備を進める。
この建物は辺りのものと比べると、一番背が高い。
視界の取れる遠く離れた場所には、もう一つの目当てである、高層建築が見えている。
スキンヘッドの大男は、馬車の中でイライラしていた。
窮屈そうである。その狭さが大男の神経に、更なるささくれをつくっている。
現時点で、大暴れは禁止されているし。さりとて走って追いかけるのも、馬鹿のようで腹が立つ。
と、
「――隊長。例のメガネを、建物の屋上に追い詰めましたぜ」
手下の一人が、呼びに来た。
一声唸り、ドアを蹴り開けて、大男は外に出た。
ロイドが作業をしていると、下にスキンヘッドがやってきた。
「なるほど、袋のネズミ。か、降りられない猫か」
大男は、大きな声で嘲りを向ける。
「おい、小賢しく逃げ回っていたようだが、それももうおしまいだな」
ロイドは大きめの筒を、床におろしたリュックから取り出す。すでに設置してあった発射台にそれを取り付け、角度の調節を行う。
「どうした、怖いか? 降りてきて俺様の靴を舐めれば、少しはマシな扱いをしてやってもいいぞ」
ロイドは手にした発射スイッチの、引き金を引いた。
ばしゅーんと、備え付けた筒からアンカーが射出される。
「?!」
引き出されていく強靭なロープが渦を巻いて、アンカーに追従する。
がこん、と、聞こえはしないが、アンカーは彼方の建物に突き刺さる。
巻取り装置、並びに魔導機が作動。特殊な張力が発生し、ロープをピンと固結させる。
フック状の道具を、ロープに噛ませる。それをしっかりと把持し、手元のスイッチを押す。
ぎゅぅうぅううんと、強力なモーターが作動してローラーを回し、さながら空をゆくように、ロイドは屋上から飛び立った。
大男が、ムキー! と叫ぶ声が、遠くになっていった。
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