六
「それって、昨日の……」
「そうよ。この七日間なら、少しくらい無茶しても私だけは助けてもらえると思ったんだけど、思ったより大事になっちゃってさ。腹の子は元気だって言うし」
それであの時、放っておいてと言ったのかと納得した。
それと同時に沸々と怒りが沸き上がる。
子供を何だと思っているのだと怒るつもりで拳を固く握り、立ち上がった。
そんな私を見ながら、ヤマツミさんは「だから汚い話だって言ったでしょ」と言うのだ。
その表情が笑顔なのが、私の怒りをさらに大きくする。
そこで台所庭の戸が開き、ケンが帰って来た。
「お待たせしました。すぐに作りますのでお待ちください」
ぶっきら棒に言うケンが冷たく見える。怒っている事はすぐに分かった。
一体どんな感情を見たのだろうか?
「慌てなくていいわよ。それよりさぁ、神様。あなた私の感情を見てきたんでしょ? どんなだった? エグかったでしょ」
「そうですね。あなたの感情も見ましたよ。随分と寂しそうでした」
「あらそう? 思ってたのと違うわね」
ヤマツミが吸殻を足でもみ消す。
ケンはそれをちらりと見てから、何も言わずに視線を戻す。
いつも通り、スープはすぐにできた。
薄紅色のクリームスープに、ナッツが散らされている。
「お待たせしました。切望桃と愛されナッツのポタージュです」
「へぇ、桃のスープなんて珍しいわね」
ケンは、ヤマツミさんが飲むのをじっと見下ろしている。何となく、私も何も言えずに見てしまう。
ヤマツミさんはそのスープを、美味しいと言った。ここに来るお客さんは大体みんな飲み難そうにするので、私は気になって聞く。
「飲み難いとかありませんか?」
「何ともないわよ。ほんのり甘くてさっぱりしてて、本当においしいわ」
するとケンが言った。
「それはお腹の子の感情です。生きたい、愛されたい。そんな感情のスープなんですよ」
ヤマツミさんが目を見開いて、ケンとスープを交互に見る。
「え……? そんな、そんなこと言われても困るわよ」
「それでもその子を殺しますか?」
目を逸らしたヤマツミさんに、容赦なく聞いたケン。
その様子で、私はケンが激しく怒っているのだと気が付く。
ヤマツミさんは何も答えず、またスープを一口飲んだ。そしてポロリと涙を溢す。
私は自分もヤマツミさんに怒っていたという事を忘れて、お腹の子もヤマツミさんも救えるような言葉を探した。
けれどそんな都合のいい言葉は見つからないし、声に出した瞬間に軽くなってしまうのかもしれない。
それでも何か言わずにはいられない。
もう何もできずに失いたくないのだ。
「でも、ヤマツミさんは美味しいって言ったじゃないですか。きっと本当は愛してるんですよ。愛したいんですよ」
ヤマツミさんは何も答えずに、切望桃と愛されナッツのスープを皿ごと抱えて飲み干した。まるで皿を舐めるようにスプーンで丁寧に掬い、飲み干した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます