「それって、昨日の……」

「そうよ。この七日間なら、少しくらい無茶しても私だけは助けてもらえると思ったんだけど、思ったより大事になっちゃってさ。腹の子は元気だって言うし」

 それであの時、放っておいてと言ったのかと納得した。

 それと同時に沸々と怒りが沸き上がる。

 子供を何だと思っているのだと怒るつもりで拳を固く握り、立ち上がった。

 そんな私を見ながら、ヤマツミさんは「だから汚い話だって言ったでしょ」と言うのだ。

 その表情が笑顔なのが、私の怒りをさらに大きくする。

 そこで台所庭の戸が開き、ケンが帰って来た。


「お待たせしました。すぐに作りますのでお待ちください」

 ぶっきら棒に言うケンが冷たく見える。怒っている事はすぐに分かった。

 一体どんな感情を見たのだろうか?

「慌てなくていいわよ。それよりさぁ、神様。あなた私の感情を見てきたんでしょ? どんなだった? エグかったでしょ」

「そうですね。あなたの感情も見ましたよ。随分と寂しそうでした」

「あらそう? 思ってたのと違うわね」

 ヤマツミが吸殻を足でもみ消す。

 ケンはそれをちらりと見てから、何も言わずに視線を戻す。

 いつも通り、スープはすぐにできた。

 薄紅色のクリームスープに、ナッツが散らされている。


「お待たせしました。切望桃と愛されナッツのポタージュです」

「へぇ、桃のスープなんて珍しいわね」

 ケンは、ヤマツミさんが飲むのをじっと見下ろしている。何となく、私も何も言えずに見てしまう。

 ヤマツミさんはそのスープを、美味しいと言った。ここに来るお客さんは大体みんな飲み難そうにするので、私は気になって聞く。

「飲み難いとかありませんか?」

「何ともないわよ。ほんのり甘くてさっぱりしてて、本当においしいわ」

 するとケンが言った。

「それはお腹の子の感情です。生きたい、愛されたい。そんな感情のスープなんですよ」

 ヤマツミさんが目を見開いて、ケンとスープを交互に見る。

「え……? そんな、そんなこと言われても困るわよ」

「それでもその子を殺しますか?」

 目を逸らしたヤマツミさんに、容赦なく聞いたケン。

 その様子で、私はケンが激しく怒っているのだと気が付く。


 ヤマツミさんは何も答えず、またスープを一口飲んだ。そしてポロリと涙を溢す。

 私は自分もヤマツミさんに怒っていたという事を忘れて、お腹の子もヤマツミさんも救えるような言葉を探した。

 けれどそんな都合のいい言葉は見つからないし、声に出した瞬間に軽くなってしまうのかもしれない。

 それでも何か言わずにはいられない。

 もう何もできずに失いたくないのだ。

「でも、ヤマツミさんは美味しいって言ったじゃないですか。きっと本当は愛してるんですよ。愛したいんですよ」

 ヤマツミさんは何も答えずに、切望桃と愛されナッツのスープを皿ごと抱えて飲み干した。まるで皿を舐めるようにスプーンで丁寧に掬い、飲み干した。

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