どうやって持ってきたのか、ケンが家にあるはずの私の服をくれたので私は警察署で着替えをした。おかげで、海水でベタベタの服のまま話をしなくて済んだ。髪はベタベタのままだけれど仕方がない。

 何人かの警察官にあれやこれやと聞かれているうちに、窓の外はすっかり暗くなっている。ケンは今も一緒にいてくれている。


「あの、お父さんとお母さんの他に連絡の取れるご家族はいないかな?」

 この質問も、これで三度目だ。

 どうやらお母さんは電話に出なくて、お父さんは電車の運転手の仕事中。それで警察官が困っているらしい。

「イヒカとサギリには困ったものだね」

 ケンが呟く。

「私の事なんてどうでもいいんだから仕方ないよ」

「そんな事はないのだけどね」

 ケンはそう言って、昔の話をしてくれる。どれも私が愛されていたのだという話なのだけれど、私はそれが信じられなかった。

「イヒカは短気ですぐ物に当たってしまうけれどね、本当はコヤネを大切に思っているんだよ。口が悪くて、思ってもいない言葉を言ってしまうから伝わらないんだ」

「それって致命的じゃない? 私にそれをどうしろって言うの?」

「それはそうだけどね。愛されている事だけは覚えていてほしいんだ」

「まぁ、ケンの言葉としてだけ覚えておく」

 今はそれでいいよ、とケンが笑う。


「連絡取れました!」

 婦警さんが走って来て、年配の警察官にそう伝える。しかし眉間には皺が寄っている。

 こそこそと二人で話してから、年配の警察官が私の方に歩み寄って言う。


「あのね、お母さん今ちょっと宮古島にいるみたいで。帰れないそうなんだ。それでね、そちらの神様があなたの家の茶碗から生まれた付喪神様なら、身内みたいなものだから連れて帰ってもらってくれって言われたんだけど、どうかな?」


 どうと聞かれても困る。

「ケン。お母さんこんな事を言ってるんだけど」

「そ、そうだね。じゃあ僕と一緒に帰ろうか。ね? コヤネ」

 私はわざとらしく盛大な溜め息を吐いて立ち上がる。

 こんな時にもそんな非常識な事を言うお母さんが、本当は私を愛しているなんて信じられるはずがない。お父さんに関しては問題にもならない。

 とにかく、私はケンと帰る。


 すると、妊婦さんが警察署に駆け込んでくる。

「ちょっと! イヤに会わせてよ! 銀行強盗したって言っても、誰もケガしてないんでしょ? 私は婚約者なのよ! あと二か月で結婚式だって言うのにどうするのよ……いいから早く会わせてよ!」

 それは間違いなく、あの時の身投げした妊婦さんだった。

 話を聞く限りこの妊婦さんがヤマツミさんで、犯人の男の人の婚約者だ。

 私は急激に不安を感じた。婚約者が捕まってしまって、このままではまた身投げしてしまいかねないと思うと黙っていられない。

「ねぇ、ケン。私、あの人をお店に呼びたい」

「今日? さすがにそれは……」

「お願い! 放っておいたらまた死のうとしちゃうよ!」

 私たちが話している間にも、ヤマツミさんは「会わせて」と詰め寄っている。けれど警察官たちに「明日でなければ会えない」と言われ、肩を落としている。

 私とケンは外で彼女を待ってから声を掛けた。

「あら、昨日の神様なのね。ごめんなさい。よく顔を覚えていないのよ」

「いえ。お体の方はいかがですか?」

「お陰様で何ともないわよ」

 ヤマツミさんは、だから困ったという表情で言った。私はそんな彼女をあったか亭に誘う。

「そうね。行ってもいいわ。どうせこんな気分じゃ眠れもしないんだから」

 私たちはヤマツミさんのお金でタクシーに乗って、あったか亭に向かう。

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