だとすると、すぐにケンに伝えてくれるだろう。そんな風に思うだけでもう助かった気になれた。

 犯人の運転する車は峠の道をグネグネと進む。

 カラスを見た事で安心した私は、この犯人の計画性の無さに気が付いた。

 私を開放して、本当に言わないと思っているのだろうか?

 あの銀行の人たちが通報しないわけはないのに。玩具の銃の他に武器は本当に持っていないみたいだし、すぐに捕まるのではないだろうか?

 そんな風に思えて仕方がない。


 車は峠道から外れ、更に横の細い山道に入る。ガタガタの道をどれほども走らないうちに海の上の崖に出た。

 車ごと海に突っ込むのではないかと思う程、崖のスレスレに車が止まる。

「降りろ」

 犯人に言われて慎重に車を降りる。すると犯人はお金の入った鞄を降ろし、 崖に向かって車を押し始めた。

「クソッ! おい! ぼさっとしてねぇでお前も押せ!」

 その声にハッとした。


 けれど気付かなかった振りをして車を押す。

 すぐに車は大きな水音を立てて海に落ち、沈んでいく。偶然なのか調べていたのか、大きな音にも関わらず人は集まって来ない。

「行くぞ! 急げ!」

 犯人の後について山道から海へ下りる。カラスの姿はない。代わりに光るカエルや雀が側にいてくれる。

 この人の犯行はやはり穴だらけだ。中学生にも分かるくらいに。それは急に思い立ってこんな事をしているからだろうと分かった。

「どこに向かってるの?」

 私は犯人に聞く。

「俺の船がある。それに乗れば終わりだ。鞄を海の水で濡らせば海で拾ったって言えんだろう。お前はどっか遠くで降ろしてやるよ」

 ふんっと、男は勝ち誇るように鼻で笑った。


 同じような船がたくさん並んでいる桟橋に着くと、男はその中の一艘に乗る。

「さっさと来い!」

 乱暴に怒鳴りながらも私の手を引いて乗せる仕草に、なんでこの人はこんなにもお金に執着するのだろうと不思議に思う。

 たぶん、人に優しくもできる人なのだ。

 船が動き出すと、今度は海の中で光る何かが付いて来ている。神様たちが代わるがわる傍にいてくれているのだと気が付いた。

 男は船を運転しながら、私に鞄を水に濡らせと命令する。

「落したらお前が潜って取って来いよ」

 そう言われて慎重に鞄を水に浸ける。それを男の所に持って行くと、広い海に出て安心したのか、男がサングラスとマスクを外す。

 その顔はやはり、昨日あったか亭に来たあの男だ。

 私がケンの力で他人の仮面を付けていたから気付いていないのだろう。

「よし……よし! 完全犯罪だ! やったぞ!」

 そこで、いい気分になっている犯人に聞く。怒らせないように、慎重に。

「あの……聞いちゃダメなら、ごめんなさい。どうしてお金を盗もうと思ったの?」

 昨日の私の行動が原因かもしれないのだ。そう思うと黙っていられなかった。それに、神様たちやケンが助けてくれるという安心感もあるのだろうと思う。


「金が無きゃ首括るしかないからだよ。ダチと遊ぶために会社の金を使っちまって、明後日までに払わなきゃ会社にバレるんだ。それにな、もうすぐ結婚する女がいるんだけどよ、そいつに捨てられたくないんだよ。すっげぇ貢いでくれる女でよぉ、あいつは俺の運命の相手だな。働きたくないだろう? 金は欲しいだろう? そしたら女がな、私が働くから家の事をよろしくって言うんだよ。最高だろう?」


 私はそれ以上、何も聞かない。救いようのない人間はいるんだなぁなんて思いながら、呆然と海を眺める。

 視線の先、こんなありふれた海でイルカが跳ねる。もしかするとあのイルカも神様なのかもしれない。

 小船を操縦しながら歓声を上げる男の気持ちが分からない。

 船のへりにカラスがとまった。私は小声でカラスに話しかけてみる。

「救いようのない人っているんだね。こんな人間ばっかりなのかな? なんか、真面目に悩むのが馬鹿らしくなってきた」

「我々の側から言わせてもらえば、あれは成長を放棄した魂。あとはただ時間を消費するだけだろう。他の誰が考えても詮無き事」

 カラスが答える。やっぱり天狗だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る