四日目
一
昨日の夜は早く家に帰って、と言うよりは帰されてすぐに眠ったので、今朝は早起きだ。まだ外は白々と明けたばかり。
私は書斎でゴソゴソしている父に聞こえるよう、わざと大きな音を立てて歩く。
聞こえているだろうけれど父は出て来ないので、私もそのまま出かける。
やはり、母の姿はない。本当にこの七日間は帰って来ないつもりらしい。
そんな事よりも、今日はケンと待ち合わせをしているのだ。昼間のケンを知らないと不安がった私のために、山にでも行こうかと誘ってくれた。
出かけるには早すぎる時間だけれど、お婆ちゃんの庭にいる恵比寿天様に手を振って、キラキラと光る狐さんや鎖につながれた飼い犬にちょっかいをかける狛犬を見ながら遠回りをして歩く。
それらの様子を見ているだけで元気をもらえる気がする。
そしてふと思い立ち、コンビニで肉まんを二つ買って亀池公園の竹林に向かう。
朝露に濡れる竹林の散歩道では、散り損ねた朝顔が群れを成して私を迎える。
「刀の神様、雀の神様、いる?」
声を掛けると、藪の中から頭に雀を乗せた刀の神様が現れた。
「昨日はありがとう。これあげる」
私は手の平に肉まんを一つずつ乗せて神様たちに差し出す。
雀の神様が肉まんの上に降り、刀の神様が優しい笑顔で肉まんに手を伸ばす。すると肉まんは私の手の平の上で光の粒になった。
ほろほろと舞い、幾千の光の粒は神様に吸い込まれていく。
雀の神様は光の粒を啄んで遊んでいるようだ。
「ごちそうさま」
「どういたしまして。今日はケンとお出かけするからもう行くけど、また来るね。あなたたちの神社か祠があるのなら、今度おしえてね」
それからすぐに屋台広場のあったか亭に向かった。
ケンは店には居なかったけれど、台所庭の戸を開けるとすぐ目の前にいた。昨日のお喋りひまわりを宥めている。
ここの空は戸の外の時間と同じように流れている。それなのに、電線や鉄塔のない景色は、空はこんなにも心を穏やかにさせてくれる。
「ケン、おはよう。トトリのひまわりさんも、おはよう」
ひまわりは私の事を覚えているのか、プイっと顔を背ける。それを見ながらケンが困ったように頭を掻いた。
「おはよう、コヤネ。早かったね」
「うん。昨日はとっても早く寝かされちゃったんだもん」
「そうだったね。それじゃあ行こうか」
「ひまわりさんはいいの?」
「すぐには無理そうだからね、今日は諦めるよ。ずいぶんと根が深いらしい」
ケンは緑色の着物の袖をひらりと揺らしながら台所庭を出る。
「雑兎は?」
「留守番するって言っていたよ。あの子も……いや。コヤネ、今日は山に登るつもりだけど体力はある?」
「大丈夫だよ。何を見せてくれるの?」
「神々は僕の様に人の作った物からも生まれるけれど、圧倒的に自然から生まれる事の方が多いんだ。山には多くの神たちがいる。植物神、水神、風神、天狗に河童」
「河童って神様だったの⁉」
「そうだよ。まぁ、ちょっと特殊ではあるけれどね。とにかく、コヤネが喜ぶような光景が見られると思うよ」
私とケンは三十分ほど電車に乗り、お城のある県境の山に着いた。
電車に乗っている間、ケンを拝む乗客で私たちの周りは賑やかだった。
そんなに有名な山ではないからか、登山客は疎らだ。ロープウェイも無いのでのんびりと、ケンに付いて山を登る。
有名な山、有名な神社。そんな所に行って何が見られると言うのだろうか?
苛ついて怒鳴る他人、終わりの見えない行列。返事をしない母親の横で、泣き叫ぶ子供の声が聞こえるだろうな、と容易く想像がつく。
それに引き換えこの山は静かで、そして賑やかだ。
木々の枝から枝へ天狗たちが飛び交い、小さな龍が落ち葉と戯れる。
兎や鹿が光を纏っているのは、それらが神様だから。
「すごい……!」
「喜んでくれて嬉しいよ。あっちに滝があるんだ。行ってみよう」
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