女の人が一気に叫んで言ってしまうと、ケンが聞く。

「では、どんな想いでお酒を贈っているのでしょうか? アルコール依存症の旦那さんに」

 その言葉に、女の人は私から見ても分かるくらい青ざめる。

「べ、別に……たまに飲ませてあげないと可哀想だと思っただけよ」

「言いましたよね? このスープはあなたの感情なんです。台所には他の感情もしっかりとありましたよ」


 その時、私は今朝のゴミ捨ての時の事を思い出した。


「今朝の……」

 思わず口に出してしまって、私は慌てて自分の口を塞ぐ。けれどもう聞こえてしまったようだった。

「確かにあの人の薬を捨てたのは今朝だけど、あそこに居たのはもっと子供だったわよ。知り合いなの?」

「え? あぁ……まぁ」

 私はどう答えたらいいのか困ってしまって、意味もなく雑兎を抱き上げる。

 雑兎は一瞬だけ爪を立てたけれど、すぐに引っ込める。

「その兎も感情なんです。ここでは感情が勝手に自分の姿を決める。私は台所であなたの殺意の姿をしっかりと見ましたよ」

 ケンは静かにそう言った。

 女の人の足元でカラスが鳴く。


「で、でも……私は……」

 ガタンと女の人が席を立とうとすると、パトカーのサイレンが聞こえて来た。

 女の人は青い顔をますます真っ青にしていく。

「誰が呼んだのよ! 捕まる理由なんかないんだから!」

「僕たちは神様ですからね。知らせる事は得意なんですよ」

 私はキュッと雑兎を強く抱き、女の人に言う。

「それに私、あなたは捕まると思います。分かってて薬を捨てたんだし、病気を知っていてお酒も送ったんだから」

 赤いライトが見えて、サイレンが止まった。

「何の証拠もないのにふざけないでよ。馬鹿々々しい! 私は帰るわよ!」

「神様からの目撃証言の他に、証拠がほしいですか?」

 ケンが淡々と言う。

 そこへ警察の人が二人でやって来た。そのうちの一人は今朝トトリと話をした人だ。その人は女の人を見るなり、盛大に溜め息を吐いた。

「またあなたですか。今度は何ですか……全く。電話の時にも言いましたけどね、息子さんには今日、私が会っていますから行方不明ではありません。それに、まだ暗くもなってないじゃないですか。今どき外で元気に遊ぶ子供なんて結構な事じゃないですか」

 今朝トトリと話した警察官がそう言った。


 だから私は気付いた。

 この女の人がトトリの母親なのだと。


「え、それじゃあ……!」

 声を出そうとして止めた。私の顔は今、コヤネではないから。

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